白い菩提樹の丘

 

 

 

「ねえねえ、今日は学校終わったらいつものとこで会おうね。」

「うん。天気もいいし、散歩にでもいこうか。」

 

さわやかな、気持ちのいい朝。

真っ青に晴れ上がった空には雲一つない。

アスカとシンジはいつものように誘い合って学校への道をたどっていた。

二人は近所でも評判の仲良しだった。

 

周りの人たちも、本人たちも、いつの日か二人が一緒になって温かい家庭を築くだろうと信じていた。

 

 

 

「今日は、敵の攻撃に備えてシェルター整備を行います。作業着に着替えて校庭に集合して下さい。」

 

アスカが学校に着くと校内放送があった。

 

「やったあ、勉強は無しだぁ!」

 

喜んでいる子がほとんどであったが、多分下校が遅くなるだろうと考えてアスカはため息をついた。

新東京第一女子中学の生徒は隊列を組むと、森の方に向かって歩き出した。

隣の新東京第一中学からも号令が聞こえてくる。やはりどこかへ作業に出るらしい。

と、思うまもなく白い学生帽をかぶった中学生たちがやはり隊列を組んで河原の方へ向かって歩いていった。

 

「多分シンジもあの中にいるんだろうな。」

 

アスカはついそちらの方を振り返り振り返り歩いてしまう。

 

「惣流さん、前を見て!」

 

すかさず委員長のヒカリの声が飛ぶ。アスカは首を竦めると前を向いて歩きだした。

 

 

 

作業は森の中の作りかけのシェルターに迷彩を施すことだった。

いくつかのペンキ缶と刷毛を渡されて、緑や茶色の幾色かのペンキを塗りたくる。

足場を組み、さらに高い所へ。

 

「ねえ、敵、敵って言うけど、行ったい何と戦っているのかしらね。」

「ほんとよねえ。非難警報が出ればシェルターに入り、解除になれば其処から出てくるだけだもんね。」

 

いったい何と戦っているのか?

それを知っているのはこの町のごくわずかな人たちに過ぎない。

ネルフとかいう、国連組織がこの町を支配していた。何かと必死で戦っているのはわかる。

シェルターの中に響く巨大な戦闘機械の駆動音。叫び、爆発音。

そんなモノが伝わってくるのを人々は感じひたすら首を竦めていた。

 

「こんな迷彩が役に立つのかしら。」

 

アスカはつい口に出した。誰かに聞かれたら厳罰モノだ。

 

 

 

シンジ達は河原にやって来ていた。

高射陣地のなかの荒っぽい兵士たちの前に大きな石を積み上げる仕事である。

砂袋と大石で陣地をいくらかでも守るつもりなのだ。

しかしここが直撃をうけたとして、何らかの用を成すのだろうか。

 

 

 

 

どちらにしろ二人にとっては、あの樹の丘の方が気がかりであった。

 

 

 

 

 

 

突然警戒警報が鳴り響いた。

 

「作業中止! 全員待避! 学校に向かって走れ!」

 

教師が大声で叫ぶ。

 

全員が必死で学校に向かって走った。

空には真っ黒になるくらいの数の大型ヘリが何かと交戦しながら下がってくる。

大型ミサイルの爆発音がひっきりなしに聞こえる。

アスカはふと何かを感じて山際を見上げた。

 

その時、其処にいた者は皆、信じられないものを目にした。

巨大な人のようなもの・・・。しかし目にしただけで背筋に悪寒が走るようなもの。

 

それが使徒というものであることを誰も知る由はなかった。

余りの異様さに周りの群集は逃げることを忘れ、一瞬立ち止まってそれを見上げる。

 

「あんなモノと戦っていたのか。」

「おぞましい・・・。」

 

ひどい腐臭があたりに漂う。あの化け物の匂いだろうか。

高射陣地の兵士たちが猛然と撃ち始めた。

しかし何のダメージも相手には与えていない。

その怪物は陣地向かって高温のメザーを吐き出した。

じゅっという間もあればこそ。高射陣地は跡も残さず消え去った。

 

はっと我に返った人々が一斉に再び走り出す。

 

「ばをおおおおおむむむむむむ・・・。」

 

化け物が雄たけびを上げる。振り回した触手のようなものが、周囲の攻撃ヘリを次々となぎ払う。

人々の頭上にヘリの破片が降りかかる。家屋の上に落ちて爆発する。

 

アスカの頭の上にもバラバラと何かが落ちてきた。

身をよけて壁に張りつたとたんに、半分になったヘリが猛烈な勢いで突っ込んできた。

幸いなことに爆発はしない。まだ若いパイロットが座席の上でぐったりしている。

下半身はなくなっていた。

込み上げるものを必死で飲み下す。足がふらつくのを必死で抑えて2歩3歩、歩く。

目が眩む。周りがぐるぐる回り出す。

 

「シンジ・・・、シンジィ・・・。」

 

思わずシンジの名を呼ぶアスカ。

 

 

同時刻:地下司令室

 

「使徒の進行を阻止できません!」

「第3第4防衛ライン突破されました。意識的に市街地を通過しているようです。」

 

「くそっ!市民の待避はまだ終了しないのか!?」

「いきなり内陸に侵入されたからな、まさか鹿野川の奥深くから進行されるとは。」

「今更悔やんでも仕方がない。おそらく微細な分裂合体が可能なタイプなんだろう。」

 

「状況。最終防衛ラインを突破まで0010。」

「高圧電流放電効果なし。」

「超高圧磁力砲効果なし。」

「大口径物理砲効果なし。」

「超高速レールガン効果なし。」

「状況。最終防衛ライン突破まで0005。」

 

「打つ手がない。直上に達するぞ。」

「・・・・!」

 

「N2ミサイルを発射しろ。」

「おいっ!」

「ここで使わずにどうする、日本全体が吹っ飛ぶぞ。」

 

「状況。N2ミサイル連射3弾。」

 

 

 

シンジは、シェルターの中で、必死にアスカの姿を求めていた。

 

「第一女子中学はどこです!2年3組のグループは?!」

「惣流アスカを見ませんでしたか!?」

 

やっと一人の女子中学生が答えた。

 

「アスカの身内の方ですか? わたし、彼女のクラスの委員長です。」

「アスカは来てるんですかっ?」

「それが!途中ではぐれちゃって、点呼の時いなくて、もう、どうしていいのかわからなくて。」

「まだ、外かっ。」

 

外に飛び出していくシンジ。

 

「まてっ、きみっ、自殺行為だぞ!!」

 

シェルターを管理していた将校が大声で後ろから怒鳴った。

しかしシンジの姿は入り口の光の中に消えた。

 

「緊急閉鎖、開始。」

 

将校が頭を振りながら命じた。副官がスイッチを押す。

分厚いシャッターが3重に閉じた。そしてそのままシェルターは地下深くに沈んでいった。

 

シンジは、逃げ送れた人々が殺到してくるのと逆方向に向かって、約束のあの丘を

目指していた。

日本では珍しい天然の石膏が地盤を作っている白い丘。

皆とはぐれたか、何らかの理由で動きが遅くなったなら、アスカは必ず其処に向かうはずだ。

 

その時、使徒を牽制していた大型ヘリ群が、一斉に離脱を開始した。

 

「まさかっ!!こんな市街地で!!」

 

誰かが叫ぶのが聞こえた。

 

そのとたん、何も見えなくなるほどの閃光があたりを包んだ。

 

 

 

 

 

気を失っていたアスカは熱気で気がついた。周り中の建物が到壊して火を噴いている。

破損したヘリコプターの自動消火装置が働いて、消化剤を噴霧している。

この機体の陰になっていたのと、消化剤の霧のおかげで、何らかの爆発を

逃れられたらしいことのにアスカは気づいた。

何とか立ち上がる。

鋭い痛みが、右の脇に走った。何かの破片が突き刺さっているらしい。

温かいものが広がる感触。

せき込むと血がかなり混じっている。背中の感覚がない。

 

「アスカ、しっかりするのよ。」

 

自分で自分に声をかける。歩ける。大丈夫だ。

周り中に点々と人が倒れている。皆ひどい損傷を身体に受けている。

恐る恐る近寄ると、とうに息が絶えていた。半分炭化したような死体すらある。

涙が吹き出してくるのを腕でこすり上げる。

 

「いかなくちゃ。」

 

丘の上の菩提樹に目をやる。半分が裂けたようになっているが、しっかりと立っている。

とにかくあそこへ。あそこへ行きさえすればシンジがきっと来てくれる。

アスカは血のにじんだセーラー服のまま、身体を引きずるようにして歩き出した。

 

 

シンジは瓦礫の中で目が醒めた。

最初の爆風で吹き飛ばされたらしい。

周り中に死体が転がっている。

 

「爆弾、か、大型ミサイルか。・・・。」

 

両足の感覚がない。瓦礫から腕の力だけで抜け出すのは不可能だった。

右目も見えない。額に手をやるとやけどか何かなのかひどく痛んだ。腕を流れ落ちるかなりの量の血。

 

「おい、ぼうや。だいじょうぶか。」

「はい。意識ははっきりしてます。」

 

シンジは答えながら声の主の方を振り返った。背広姿の会社員がいた。

 

「よし、今何とかだしてやるからな。」

 

その人も怪我をしているようだった。ゆっくりひとつずつ瓦礫をシンジの上からどけていく。

時々、苦痛に顔が歪む。しかし男は作業を止めようとはしなかった。

1時間以上のときをかけて男はシンジの上の瓦礫を取り除いた。呼吸が楽になる。

 

「ありがとうございました、すごく楽になりました。」

「そうか。血も止まったようだし良かった。右目は何か細かい破片が入ったようだな。」

 

男はネクタイを外すと裏の糸を外し、ワイシャツの片袖と一緒に広げてシンジの額や目を覆うように巻きつけた。

 

「ありがとうございます。」

 

シンジは何度目かの礼を言った。

 

「こんな時助け合うのは当たり前だ。礼には及ばないよ。足の感覚はどうだ。」

「瓦礫をどけて頂きましたら、右は感覚が戻ってきました。」

「左は、どうだ・・・。」

「感覚がないんです。」

 

男は気の毒そうな顔をした。シンジの左足はかなりひどく損傷していたからだ。

たぶん切断しなければならないだろう。痛みがないのは幸いだ。

しかしこの状態は長くは持たない。

じきに、敗血症を起こすか壊死の症状があらわれるだろう。

男は助けを求める為によろよろとシンジを置いて歩き出した。

 

「アスカ・・・アスカの所に行かなくちゃ。」

 

残されたシンジがつぶやく。

 

 

 

 

地下司令室:同時刻

 

N2による磁気嵐が治まりつつあった。

 

「状況確認できました:市街地の倒壊率87%。」

「市民収容率82%」

 

「ひどいな・・・。」

「それで、使徒はどうなってる。」

「方向識別に以上を生じた模様。ネルフ本部直上より遠ざかりつつあり。」

「沼津側に下りていったようだ。このまま海上に出そうだ。」

「地上の救援は?ここからはまだ救援は出せないぞ。」

「八王子と久里浜の部隊が出る。富士の演習基地からも災害救助部隊が出る。」

「八王子のヘリ部隊はともかく、主力の富士部隊は道が寸断されているからだいぶ到着に時間がかかるぞ。」

「明日朝0630に到着予定。」

 

 

アスカは火事の明かりが空に映る、ぼんやりとした明かりを頼りに、やっとの思いで丘にたどり着いた。

十数人の人々が、やはりここへこの菩提樹の大木を頼りにやってきていた。

うめき声が地に満ちている。恐ろしさにアスカは立ち尽くした。

 

子供が泣き出した。見ると若い母親が樹にもたれかかって1才くらいの赤ん坊を胸に抱きしめている。

アスカは思わず歩み寄っていた。

母親はすでに事切れていた。

 

「ママー、ママァー。」

 

泣きつづける子供。アスカは母親の腕をそっと解くと赤ん坊を抱えた。

自分の腕の中にしっかりとだきしめ、菩提樹の根元に腰を下ろした。

 

「どうしたのー、ママよー。」

 

赤ん坊は泣き止まなかった。自分も段々泣きたい気分になって来て、アスカは何度か目をこすった。

シンジはやってこない。友達も、親たちもみんな下の町を包む紅蓮の炎の中だろう。

周り中に、うめき声や、助けを求める声が満ちている。

 

気を取り直すと、アスカは赤ん坊の為に子守り歌を歌い始めた。

 

私が、あなたの、お母さんになってあげる・・・。

 

アスカの細い歌声が菩提樹の周りに流れていく。

うめき声を上げていた人々が次第に静かになっていった。

「ママ…。」

赤ん坊が安心したように泣き止んでアスカの頬を小さい手で触った。

 

細かい霧雨が降り始めた。

赤ん坊の呼吸は次第に弱々しくなり、か細くなり、静かになった。

動くものが無くなった菩提樹の周りに、霧雨がカーテンを引いていく。

 

その中で、アスカは燃える自分の町を見つめながら、子守り歌を歌い続けていた。

 

明日も、今日と変わらない幸せな日々が続くと信じていた町。

明日も、シンジと一緒に出かけていくだろうと思っていた朝の通学路。

 

シンジ・・・、もう一度だけ会いたかったな。

 

アスカは心の中で思った。そして胸に抱いた赤ん坊をしっかりと抱き直した。

 

 

 

男が医者を探し出してもどってくると、大怪我をした少年は横たわっていた場所にいなくなっていた。

 

「馬鹿な、あの怪我で動けるはずが・・・。」

 

男と医者は、足を引き摺った跡をたどっていった。

丘の上に続く階段の下に少年は倒れていた。

男が駆け寄る。

 

「おいっ!ぼうや、しっかりしろ!!」

 

シンジはうっすらと目を開いた。身体がもう冷たくなっていた。

そしてそのまま、目を閉じた。

 

 

 

 

 

地下司令室: 06:00

 

「状況:使徒は我が領海の外に出ました。国連軍がN2爆雷の集中投下を開始。」

「使徒は破壊されたものと類推されます。」

 

「やったな。」

「ああ、我々は日本を守りきったぞ。」

「救援はどうなっている。」

「富士の救援部隊が0630到着予定。」

「じきだな。」

「ああ。復旧活動が大変だが・・・」

「今後は内側にもピケットラインをもう一つ引いた方がいいな。」

「市街地に入られると攻撃もし難いが、使徒の進行も阻害されることが確認できた。」

「緊急の際は、使徒を市街地に誘導することも選択肢の一つとして検討すべきだな。」

「可能性は常に検討の要がある。すぐにシュミレーションにかけてみよう。」

「市民の人的消耗はいくつに設定する。」

「20%・・・いや、25%でいいだろう。さらに1km手前で攻撃できる。」

「計算を開始します。」

 

 

 

 

朝日が白い菩提樹の丘に射し込んだ。

菩提樹は幹が裂けていたが、その枝を大きく広げ、その下に人々を庇護するように

枝を思い切り広げて立ちつづけていた。

幹によりかかっているアスカの髪が金色に輝いた。

その胸には、しっかりと赤ん坊を抱きしめていた。

 

日の光はアスカの身体を再びあたためようとするかのように輝きを増したが、

アスカは目覚めなかった。

幼い母親の、硬くなった身体は2度と動くことはなかったのだった。

 

 

昨日の朝と変わらない青空が、アスカと菩提樹の上に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

第3新東京市、6月27日使徒市街戦。

死者:13478名

うち、未成年者8897名(当日学生動員がかかっていた為未成年構成比が高いと考えられる。)

重傷者:47655名(うち48時間以内の死亡者32789名。72時間以内39802名)

 

 

統計局室:7月23日

 

「上からの指令だ。重傷者の死亡者は当日死亡者を記入のこと。」

「24時間死亡者数でもないんですか?」

「ああ、被害は少ない方がいいからな。」

「24時間では13678名。当日なら推定7898名です。」

「頼むぞ。それから、推定、を必ずかき込むようにな。」

「はあ・・・。わかりました。」

 

統計局室の課長はドアを後ろ手に閉めると、最新鋭の地下司令室の廊下を歩み去った。

 

 

 

 

「白い菩提樹の丘」終り

 


 

あとがき:

 

すみません。これはLASではありません。

ですが一度書いてみたかったお話です。ここでEVAは兵器として成立しておらず、ネルフは純粋な機密研究機関に過ぎません。それでも使徒は襲ってきます。

シンジとアスカはその町で暮らす、平凡な、恋仲の少年と少女として登場します。

しかし、「大所高所」の判断の前に2人の恋は消え去っていきます。

こういう事は日常にも実は起こっていることかも知れません。

みんなの為の判断。事実は曲げていないが情報のコントロールは行える。

いろいろなことがあります。これからもごくたまに書いて見ようと思います。

 

こめどころ


Feb.1.2000再録

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