喫茶店 Under the Flag
「おう、ねーちゃん。そこまでちょっと顔を貸しなよ。」
「いやよ。」
「おめーの態度が気にいらねえ。こっちへくるんだっ。」
「すかしやがってよおお。」
周りぐるりを5人の高校生に取り囲まれた。
「いやよ!私の態度が気に入らないなら、近くに来なきゃいいでしょ!べーっだ。」
「きゃーっ、なにすんのよ!」
ヒトミがそのうちの一人に手を掴まれた、私は思わず持っていた竹刀でおもいっきり
そいつをひっぱたいていた。
素振り用の竹刀で、しかも革の袋に入っているからかなりの重量だ。
そいつはぎゃっと叫んでひっくりかえった。
「にげるよっ!」
私は、ヒトミとエリカを連れてダッシュで逃げ出した。高校生たちは一瞬ひるんだが
追いかけてくる。駅前の交番まで逃げ込めれば手出しはできないだろう。
だけど、高校生の方が足が速い。
10mも行かない内にこんどはエリカがつかまった。わたしは剣道の胴着入れを
ぶつけてやった。これもかなり効いた。手を放した隙にエリカは逃げた。
そのとたん、私の自慢のみつあみの先をつかまれた。エリカとヒトミが鞄をぶつけたけど
そいつは手を放さない。
絶体絶命だ。
どばきっ!!
派手な音がして私の髪を掴んでいた奴は鼻血をふいてぶったおれていった。
「あんたたち、何してんのよ。」
赤味がかった金髪に青い目の女の子がファイティングポーズを取って立っている。
「なんだあ!てめえは!」
「ふーん…。あんたたち、この私を知らないとは、もぐりね。
それともつい最近田舎から引っ越してきたお上りさんかしらぁ?」
平気で挑発するような事を言う。自信満々だ。不良の親玉は地団太踏んで叫んだ。
多分図星だったんだ。そう言えば不良のスタイルとしてはやけにアナクロだもんなあ。
「このやろう!ぼろぼろにしてやるぜ!!ひんむいて木に吊るしてやる。」
「やれるもんならやってごらん!」
「うおおおおおお!」
不良たちが一斉につっかかって来る。
「シンジ、やっておしまいっ!!」
「え?僕が相手するの。聞いてないよ、そんなの。」
「なにいってんのよ、姫を守るのは男の仕事でしょうがぁ。」
連れの男の子はぶつぶつ言いながら、最初に飛び掛かってきた奴のみぞおちに
当て身を入れて倒した。
この人…、強い!
二人目は、一本背負いで投げ飛ばした。そいつは頭から自動販売機に突っ込んで長々と
伸びてしまった。三番目は脚払いでひっくり返って目を回した。
「アスカァ、まだやるのお?」
男の子が、女の子に言った。
「ま、最後の一人は私が責任持つわ。ヘイ!カマーン!」
「ちっくしょう!」
え?あの人私とおんなじ名前?
と、思っていると相手の不良は卑怯にもナイフを取り出した。自分でもとんでもない事をしてる
とは思っているのだろう。少し手の先が震えていた。
「ナイフ! そこまでやるならこっちも手加減はしないわよ。いいわね…。」
「うるせえっ!!」
ナイフを両手で固めて突っ込んでくる。本気だ。私は青くなった。
「きゃあああああ!あぶなーい!」
私は思わず大声を上げた。
「大丈夫さ、見ててご覧。」
さっきの男の子がにこりと笑った。
ぱーん!
軽い動きで半月蹴りがナイフを弾き飛ばす。後ろ横蹴りがそのまま不良の側頭部に食い込んだ。
「がっ!!」
男は、歯を撒き散らしながら猛烈な勢いで電信柱に激突した。ぐしゃっと。
「シンジ!私の鞄。」
男の子は赤い鞄を、「アスカ」さんに渡すと私たちの方に振り向いた。
「君たち、怪我なかった?」
ヒトミとエリカは、目がすっかりハートマークになって、「シンジ」さんと話しているけど、わたしは
すっかり「アスカ」さんに釘付けになっていた。
「あ、あのっ。わたし、第一中学校の水田明日香って言います。助けて下さってありがとうございました!」
「え、ああ…。あんた第一中学なの?見掛けない顔ね?私は今年卒業した惣流アスカ。そっちのぱっと
しないぐずが、碇シンジ。知ってる?」
「す、すみません、先輩! 私4月に田舎から転校してきたばかりで。」
「あ、そうなんだ。あんたもアスカって言うの。」
つかつかと近寄ってきてじっと私の顔を見る。本当に真っ青な青蒼色の瞳だ。わたしはどきどきしてしまった。
「ほ、ほんとにありがとうございました。」
「ううん。あんた一人で友だち守って頑張ってたじゃないの。もうちょっと早く助けに来ようとしたんだけど、
怖い思いさせたわね。」
よく見ると、膝にテーピングがしてあった。
「お怪我、なさってたんですか。惣流先輩。」
きっと、一生懸命がまんして走ってきてくれたんだ。私は感動して思わずうるる目になってしまった。
「あのっ、わたしのうち、この先のビル、M&Kっていうレストランビルの2階で、Under
the Flagっていう
喫茶店やってるんです。父がそこのマスターやってます。ぜひいらして頂けませんか?」
「そうね、いいわ! お邪魔しちゃう。」
アスカさんはにっこりわらった。
「アスカ先輩って呼んでいいですか。」
[いいわよ。わたしはあなたのこと、ちびアスカって呼んでもいい?」
こくこくと私は肯いた。
「あ、わたしちょっと着替えてくるからそれから行くわ。汗かいちゃったから。」
「はい!お待ちしてます。アスカ先輩。」
「じゃあ、あとでその惣流アスカさんと、碇シンジ君がうちに来る訳だな。」
「そうなのよ!かっこいいのよ!すてきなのよ!美人なのよ!」
「ん?最後をもう一度。」
「美人なのよ!」
私は大いに納得いった。
高校生ととはいえ、美人とくれば話は早い。ここに入り浸りになってくれれば、男子高校生の客も
増える事だろう。ビルのオーナー、KYOU-TOMAKO氏も、客が増えれば喜んでくれるに違いない。
いや、それ以前に誰よりもTOMAKO氏が入り浸りになる可能性すらあるぞ。
「うん、おまえを助けてくれた人なら、お父さんにとっても恩人だ。アイスクリーム無料券を発行しよう。」
「わあ!すごい。」
娘は父のたくらみも知らず無邪気に喜ぶのであった。
からん!からん!
ドアの開く音。
「わあ、アスカ先輩いらっしゃい。シンジ先輩も!」
積極的にウエイトレスを買って出た娘がアスカ先輩とやらを迎えている。
「お父さん、こちらがアスカ先輩よ!」
「ああ、このたびは娘が危ない所を助けて頂いたそうで…。」
顔を上げてはっとした。輝く笑顔。煌く金髪。深蒼色の瞳。
こっ、これはもう美人なんて物ではない、女神だ、天女だ、この世の太陽だ!!
娘よ、よくやったああああっ!!
これで店は千客万来間違い無し、TOMAKO氏への借金もたちまち返せる事であろうっ!
うははははは〜〜〜っ!!
「あっ、あなたはもしかしてネルフのエヴァンゲリオン弐号機パイロット、アスカ惣流ラングレーさんでは?」
「お父さん、アスカさんを知っているの?」
「ああ、世界を救ってくれたEVAパイロットたちの一人だよ。確か大変なお怪我をなさって入院して
いらっしゃるとお聞きしていましたが。」
「一年間、入院していました。こんどやっと退院できて。」
「そのとたんに大暴れするんだから…。アスカは。」
ぼそっと後ろにいた弱々しい感じの男の子が言った。すると彼が初号機パイロット、碇シンジ君か。
う〜っむ、好き好きがあるだろうがなかなかの美少年。彼も売りには貢献すると見た!
「よけいなこといわないのっ!ほっとけばよかったって言うの?」
「ちがうよ。アスカが心配だっただけ。」
「シンジ…(ぽわん)。」
なんだ、この二人ラブラブなのかい。(ちっ!)
しかしそれはそれで絵になるではないか。
「うちの娘が大変お世話になったそうで。ありがとうございました。
御礼といっては何ですが、アスカさんは、いつ来て頂いてもアイスクリームただにしますので、
いつでもいらして下さいね。もちろんシンジ君も。」
「あ、ありがとうございます。でも、アスカ!毎日きたりするんじゃないよ!」
シンジ君は今時珍しい、なかなかしっかりした少年であるようだ。
「ええ〜、せっかくただでごちそうしてくださるのに〜。私アイスクリーム大好物なんだよ。」
やたっ、美少女捕獲撒き餌作戦成功!ゲットだぜっ!
「そんなぁ、毎日来ていいのよね、お父様。」
お、娘がお父様、ときたか。我が娘だけあって外面のいい事。
「ああ、いいとも。」
秘技、「かっこいい声!」で私も答えた。娘と目が合う。一瞬の沈黙。
にやり…。うぬの手の内読めとるわ 。
「わーははははは。」
「きゃーはははは。」
私と娘は同時に笑った。
何日か後。
「まずい…、このままでは今月は赤字になってしまう。」
どこをどうひねくりまわしても赤字である。私は頭を抱えた。
「そんなに調子悪いの?」
「あれが…、誤算だったな。」
其処には女子高校生の一群約20名がいた。
「おじさーん!あいすくりーむおかわりー!!」
「はーい!」
アスカの声とうちの馬鹿娘の声。いそいそ運んでいくんじゃない〜。
最初は、アスカともう一人くらいだった。
「おじさん、彼女の分もいい?ただで…?」
私は断言するが、上目使いに、ほんのり頬を染めて恥ずかしそうに頼む彼女に、いやと
言えるやつぁ・・・・・男じゃねえっ。賭けてもいい!
「いいですよお〜、アスカさんがお代わりして、その分を彼女に上げればいいんだから。」
私は男らしく・・・鼻の下を伸ばしきって言った。
アスカと、もう一人のそばかすの女の子も嬉しそうに私に礼を言った。
次の日。女子高校生は4人になり、3日目には10人になった。
…そして今日は20人である。
さすがにみな良家のお嬢さんだけあって、お代わりは一度くらいしかしない。
まだしもである。
(20年後の彼女たちなら、ここで夕食代を浮かそうと考えるであろう。)
が、お金のない高校生は紅茶一杯飲んでくれない。これが誤算であった。
「あたり前よ。第一高校はバイト禁止だもん。」
娘が言った。確かに男子生徒は来た、来たが…、店の外に溢れている。たむろしている。
うっとうしいことこの上ない。しかも今時ガクランである。暗い、臭い、不潔である。
当然の事ながら、フリの客は寄りつかなくなる。常連客も女子高校生の嬌声が響く店内は
落ち着かないのか、お見限りになる。
今日はこのままでは喫茶部の売上げが、1万円行かないのではないか?一体どうすれば良いのだ。
そのとき、ざわざわと女の子達がざわめいた。
からんからん!
扉を開けて、碇シンジ君が入ってきた。
「シンジー、ここよー!」
アスカが叫ぶ、が、シンジ君はそちらをちらりと見てにこりとしただけで、まっすぐ私の方へやってきた。
「済みません。毎日毎日アスカがおじゃまして…。」
「いやあ…ははは。」
私は力無く笑った。
「あの、失礼なんですが、これ。」
シンジくんが封筒を私に手渡した。中を見ると分厚く一万円札が詰まっている。
「アスカ、完全に営業妨害になってると思うんです。済みません、悪気はないんですけどいつもこの調子で…。
ついて歩く子も多いんで。申し訳ないです。」
「シンジくん、これは受け取れないよ。私が言い出した事だし。それに第一こんな大金を子供から
受け取る訳にはいかないよ。」
シンジ君は困った顔をした。
しかしいくら私でも、最後の良識というものがある。金を受け取るわけには行かない。
「でも、このままだと、あしたは両隣のクラスの連中も来ますよ。すると60人の女の子達が。」
あ・・・俺、最後の良識うしないそう。くらくらっときたぜ、さすがに。
「こんなふうに、お金でお渡しするのがすごく失礼な事だというのはわかります。でも・・・。」
シンジ君は一呼吸置いていった。
「僕にもアスカにも、こういうとき出てきて、大人同士の話をしてくれる両親がいないんです。だから。」
そうか、そういうわけがあったのか。俺は柄にもなくしんみりしてしまった。
「だいじょうぶ、シンジ君。アイスクリームくらいで店がつぶれる事はないよ。ほんとに大丈夫。」
にっこり笑って言った。そうせざるを得ないじゃないか。
「ねえねえ、なんのおはなし?」
馬鹿娘の登場である。
「ねえ、お父様。シンジ先輩ってね、チェロがすごく上手なんだよ。
今日もね、お昼の演奏会で弾いてくれたの。先生達なんか泣いてる方までいらしたのよ。」
「へえ、そりゃあ、すごいな。」
アスカが飛んできた。
「シンジのチェロって、そりゃあすごいのよ。
私はこいつをあんまり買ってないけど、チェロだけはすごいとおもうわ。
今まで私の感じた歓喜や悲しみが全部よみがえってくるようなチェロなのよ。」
そういうのを絶賛というんだよ、アスカちゃん。
君は本当にシンジ君が好きなんだねえ。
「あ〜、うちでも下手なカラオケじゃなくて,ああいうチェロが聴きたいなあ。」
「そ、それだ!」
私は心の中で叫んだ。
ここは昼は喫茶店であるが、実は夜は酒も出している。
酒を飲めばカラオケも欲しい、という客の要望もあり、心ならずもマイクを渡す事もある。
しかし私はこれでも世界中を渡り歩いた食通である。
いつの日にか、世界中の料理を食わせるレストランを・・・と考えていた。
それも、レストランという形式ばった形ではなく、旨いものを普通の価格でさらっと出すという,そういう店。
しかし、いまひとつ売りが決まらない。
客を呼べる、看板というか、店の個性だ。
チェロ!これはもってこいではないか。男声の楽器、チェロの安心感のあるバックで食事をするのは、
不安を体現する現代人に、心の安らぎを与える事間違いない。
「シンジ君。僕はそれよりも君に頼みたい事があるんだ。」
私はシンジ君をみつめた。
きっとひどく真剣な顔になっているだろうな。俺のイメージと違うがしょうがない。
なんて事を考えていた。
喫茶店 Under the Flag No.1 owari.
Jun.6.1999 初出
Feb.1.2000 加筆再録