桜が一番好き! 外伝

ビル街の向こう側

こめどころ



「おお、これは。」


我慢しきれない自然の欲求を満たすために小道に駆け込んだおっさんは、

やる事をやり終えてから、やっと周囲の状況に気が付いた。

見つめる人々の目、目、目。


「なぜだ、たかが立ちしょんで、なぜここまで注目を浴びねばならないのだ!」

「おっさん、あんたが注目を集めてんじゃねえよ。誰だって10mもあるような。」


誰かがその疑問に答えた。

見ると、年端もいかない子供のようであった。


「リムジンから飛び出てきたハイソなおっさんが、盛大に始めりゃ注目するだろうよ。」

「この小道はどこまで続いてるんだ。」

「向こう側に抜けているぜ。」

「そうか、そこまで連れていってくれんか。さすがにこの状況で車に戻るのは。」

「そうだよなあ、顔もしっかりみられてしまうもんな。はははっ。」

「ま、そういうことだ。」


おっさんは、ひげ面とサングラスを直しながら言った。

部下を恐れさせるこのポーズも、今はあまり威厳がでなかった。

2人はごそごそとビルの谷間を進んでいった。


「おい、随分歩いてるような気がするが・・・。」

「そうかい?初めての道だからかな。」

「それに、おまえもなんだか大きくなったみたいな。」

「そんな事ある分けないじゃないか。」


またしばらくたった。


「いくらなんでもおかしいぞ、こんなにかかるわけ無いだろう。」

「ほら、あそこ、出口。」


指し示す方をみると、明るい陽光が差し込んでいる。


「おお、ほんとだ。」


おっさんはそちらに向かってふらふらと歩き始めた。


ビル街を抜けたところは栗の木が並ぶ、どこかの田舎道だった。空が青く、眩しい。

目の前に手を翳すと、いつのまにかサングラスが無くなっていた。

ふりかえると、道案内をしてくれた子供が笑っていた。






「どうしたの。不思議そうな顔して。」


黒い野球帽に、白いランニングシャツ。ぴったりとしたピンクの半ズボン。

黒い髪と茶色い目。そして、元気一杯のしなやかそうな手足。

赤いスニーカー、白い靴下。


「ずいぶん、大きくなったんじゃないか?」

「ううん、それはね、君が縮んだからだよ。」

「ちぢんだ?」


自分の姿を見ると、その女の子と同じような格好をしていた。


ただし、そのシャツもズボンも男の子としての戦歴を物語るかのようにつぎはぎだらけだった。

へたくそな縫い目は自分で縫った跡だ。便利なようにズボンに取り付けた大きなポケットが不格好に飛び出している。

運動靴は穴が空いていて水が漏ったけれど、海でも川でも池でも、水が入ってもそのままかってに出ていって乾くので

便利だと思っている。どこかの農家のじいちゃんがくれた誰のよりもでかい麦藁帽子は、魚を捕まえるのに便利だったし、

釣った魚を持ち帰る時中にその辺の破れビニールを何枚か敷くと、便利ないけす代りになった。


「縮んでなんかいねえよ。俺、この間の身体検査で5cmも伸びてたんだぜ。」


男の子が叫び返した。


「わたしだって、7cm伸びたもん。2cm勝ったね。」

「ちぇっ、でかい女は嫁の行き場が無いっていうぜ。」

「そんなことありませんーだ。ちびの男の方が嫁の来てが無いんですーっ!」

不毛な口喧嘩をさんざんしたあげく、疲れ果てて泉のほとりまでやってくる。

そこに湧き出している泉は水量も多く、わざわざ水を汲みに来る人もいるくらい、

冷たくて旨い水だった。

男の子はそこでざぶざぶと顔を洗った。


「ユイ、なんか顔拭くもの持ってるか。」

「はい。」


手渡されたピンクのハンカチを広げて顔を拭く。

ごしごしとふいて、後ろ向きに手だけで突きかえす。


「おまえも洗えよ!洗ったら・・・・。」






そこには、ばら色の頬をした年頃の娘が立っていた。
男は一瞬何が起こったのかわからなかった。


「だれ・・・でしたっけ。」

「ええ?急に名前で呼んでくれたと思ったら、今度は、誰ですかですって?」


くすくすと笑いながら娘は両手を洗い、水を飲んだ。


「六分儀さん、大丈夫ですか。」

「あ、ああ。そうだ、そうですよね。おかしいな、僕。」


頭を掻く。そうだ、今、俺はやっと憧れの(いろいろ無い意味でな)碇ユイとデートを・・・。

それにしても趣味が山歩きだなんてなあ。

こんな消耗するだけのお遊びがお好きとは、お嬢様の考える事はわからん。


「この山に昔、母の祖母の山荘がありましてね。夏休みには必ず来てた。」


俺の心が聞こえたようなタイミングでユイが話し始めた。


「その時だけのお友達がいて、よく連れまわしてくれたんです。だから、今でもここが好き。」

「ああ、僕にも同じような覚えがありますよ。ばあちゃんにどこかのお嬢ちゃんを紹介されて、おまえが遊んでやれって、

こっちは女の扱いなんかわからないから男と同じように扱っちゃって。最初はよく泣かしたもんだ。」

「わたしもそう。でも次の日も遊びにいったわ。私はしつこかったのだ。」

「正体がばれると、とんでもないはねっかえりでね。夏休みが終わる頃にはすっかりこっちが子分ですよ。」

「あはははは。また会いたいな、あの人。名前ももう覚えてないけれど。」

「僕も・・・、今はどこで何をしているのか。ばあちゃんもとっくに死んでしまったし。元気なのかな。」


二人は黙って、昔に思いを走らせていた。


「六分儀さんて、何か懐かしい気がします。」


ユイふと目を上げて、じっと若者を見つめて言った。この瞳どこかで見たような気がするが。


「まあ、どこにでも、誰にでもあるような思い出ですがね。」

「不器用な方ですね。チャンスと思って話を合わせないのですか?」

「まあ、そんなに好かれる方じゃないですから。」

「・・・かわいい。」

「可愛いって、女の人が男に言う言葉ではないですよ。」

「そうですわね、失礼しました。でも、少年の顔が見えたような気がして。」


男は目を上げた。陽光の中に、ユイにあの少女の顔がダブったような気がした。


いきなり抱きよせて、自分の胸の中に抱きかかえる。


「僕は、危ない男ですよ。」

「失敗したかな。でもあなただったらかまわないと思います。」

「後悔するかもしれませんよ。」


彼女は答えなかったが静かに目を閉じた。

男も目を閉じながら顔を寄せた。








結婚式。

警察官仲間が正装して歌を唄う中を進む。


「あなたは、富む時も貧しき時もこの男を夫とし、貞節と愛を神に誓いますか。」

「誓います。」

「汝はこの女を妻とし、富む時も貧しき時も、・・・・誓いますか?」

「誓いま・・・」


神父はそれを制しものすごい早口で言った。


「疲れて帰ってきても、隣の犬がうるさいとか、スーパーのレジの態度が悪いとか、町内会が傲慢だとか、

芝生の色が悪いのはあなたがちゃんと刈ってやらないからだとかいわれても耐えられますか?クレジットカードで

香水や化粧品のとんでもない請求が来ても、ドレスを自分に相談無く買われても、大事な車をぶつけてきても、

愛しているよと週に一度は真顔で女の目を見詰めて言う事が出来ますか?週末には屋根のペンキを塗り替え、

妻子を公園に連れて行き、月に一度は外で二人きりのデートをし、毎日出勤の際にはごみの袋を、燃えるごみと

燃えないごみと、資源ごみと,非リサイクルごみに分けて正しくごみ置き場に出していく事を誓えますか?

バースデイを忘れず、結婚記念日には、赤いバラの花束を買って帰る事を誓えますか?」

男は目を丸くし、「はい、誓います。」と答えるしかなかった。(もっとも一度も守ってやれなかったが・・・。)

指輪の交換。ユーモアに富んだ新郎新婦の誓いの宣誓。

妻となったユイと同じ、刑事課仲間達の歓声。荒々しい祝福。男は幸せだった。

だが・・・。それはわずか1年余しか続かなかった。








深夜、いきなり乱入してきた賊。太股を打ち抜かれ、気が遠くなる。

激しい赤ん坊の泣き声。


「碇、これでおまえもおしまいだな。」


冷たい銃口をこめかみに押し付けられる。覚悟を決めて悪態をつく。


「ふん、おまえの吊るされるところを見物にいけなくて残念だ。まあ、遅かれ早かれだがな。」


にやりと笑ったティッシェバインが引き金を引こうとした瞬間、

ドカン!!

と大きな音がした。


「うおおおおおおおおおっ!俺の足が!」


ソファの向こう側に倒れていたユイがショットガンの引き金を引いたのだ。

それを投げ捨てると何発かの銃弾を受けた体を必死で起こす。続けて拳銃を発射する。


「あなた、シンジをお願い・・・、はやくっ。」


撃ち返してくるウラルマフィア。それに応戦を続けるユイ。激しい泣き声が続いている。

機関銃の発射音。ユイの身体がたちまち後ろに仰け反る。


「ユイーーーーーッ!!」


絶叫を残し、男は隣の部屋に飛び込むと、赤ん坊を抱きかかえて窓を砕いて外に転げ出した。

パトカーが殺到する。突入する機動隊。同期の冬月が駆け寄る。嘲笑うように戦闘ヘリが飛び立っていく。


「碇っ、大丈夫か!」

「畜生、ちくしょおおおおおおおおっ!」







葬儀の日。俺はシンジを遠い親戚に預けた。もう2度と会う事も無いだろう息子。


「いいのか碇。」

「俺は、人の親でいる事は出来ん。」


ただの一度も振り返らず、寺を後にした。それきり妻の親戚とは会った事が無い。







「そうやって、戦いつづけてきたのね。」


野球帽の少女が言った。


「そうだ。他に選ぶ道はなかったと思う。」


ゲンドウは、浜辺からきびすを返すと、遠くに見えるビル街に向かって歩き出した。


「そんな事を私は望んでいないわ。シンジと平和に暮らして欲しいのに。シンジがかわいそう。」


ワンピースを翻して若いユイは叫んだ。


「いまさら、望むべくも無い。理解しあおうとも、できるともおもわん。」

「それなら、私も待っていましょう。あなたの傷が癒えるまで。憎しみが消える日まで。」


母親としてのユイが静かに言った。


「こっちよ。案内してあげる。」

「ありがとう。」


子供に案内されてついたビル街への入り口に、駄菓子屋があった。


「何か欲しいものはあるか?」

「スイカ。」

「酢イカ?変なものが好きだな。」


一本10円と書かれた壷からスイカをつかみ出す。


「これをもらうよ。」

「おっさん、手を洗ったか?」


受け取りながら、少女とも少年とも付かぬその子供はにやりと笑った。

そのまま、もやのように消えていった。


「長官、そろそろ参りませんと。お時間です。」


壁に向かって立ち尽くしているおっさんに、碇警察庁長官に、SPが声をかけた。


「あ、うむ、行こうか。」


防弾のリムジンに乗り込む。ポケットで何かに手が触れた。

酢いかをつかみ出して、口に入れた。懐かしい子供の頃の味。

だが、たいして旨いものではない。

向かいに座った秘書官に一本渡す。


「なんです?これは。」

「知らんか。」

「食べた事の無いものです。」

「そうか。」


リムジンは滑るように長官公邸に走り込んでいった。


胸ポケットから、出てきたサングラスを架け直すと、ゲンドウは車からおりたった。

門衛の人々が敬礼をする中、足早にその長身が消えていった。







公邸の桜が咲き始めようとしていた。




桜が一番好き外伝 「ビル街の向こう」終


ドラえぽんさんのところに連載していた「桜が一番好き!」という夫婦刑事もののお話の外伝です。

本編は基本的にはギャグなんですが、このお話はギャグなのかな?違いますね。

向こうを読んでいた方しか展開がわからないんで、例えばユイも刑事仲間なんですね。

余裕が会ったらあっちも読んでください。

なお、「アスカ!25時」はもろに向こう本編の続編です。なんか流れが分からないという方、

ドラえぽんさんところから読み始めてくださいね。投稿作品一覧から行けます。

「こめどころ」


Feb.5.2000 初出

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