アスカとシンジ
二人の夕暮れ
「ただいまー。」
ドアを開けたアスカが奥に向かって声をかけたが何の返事もない。
今日は、クラスの女の子同士の付き合いで学内演奏会に付き合ってきたのだった。
「結構、みんな上手だったよ。特に弦楽4重奏がね、シンジ!いるんでしょ。」
いるならさっさと返事をしなさい!と大声を出そうとしたとたん、アスカは口を抑えた。
床に転がったシンジが眠っている。
ノートや教科書が周りにあるところを見ると、宿題でもやろうとしてそのまま眠ってしまったようだ。
アスカはシンジの顔の横にしゃがみこんだ。
シンジの頭をそっとなでる。
「可愛い顔しちゃって。疲れちゃったのかな?」
シンジが書き込みをしていたらしいノートが、開けっ放しの窓から入ってきた風にぱらぱらと音を立てた。
「ん?」
ノートに何か書かれているのに気づいたアスカは、そのままムートンに腰を下ろしながらそのノートを手に取った。
「風」
風が止むと
空が深いため息をつき
ぽかんと開いた心を隠すように
雲が広がる
そんな自然の中にいると
光の向こうに君が見える
風の向こうに空が見える
アスカは自分の顔を抑えたまま、その詩とも覚え書きともつかない物を何回か読み返した。
「これって・・・・わたしのことなのかな。」
この間の日曜日にピクニックと称して、鹿野川の土手をふたりで歩いた事を思い出す。
陽射しが暖かく、若葉がここちよかった。光り溢れる昼下がり。さわやかな風が吹き、雲が流れる。
そんな中をふたりでどこまでも歩いた。
「あの時の、事だよね。」
優しくシンジの頭をもう一度、なでた。
そのまま、シンジに沿って身体を横たえる。シンジの髪が数本、風が吹くたびに揺れている。
シンジの香りが、鼻をくすぐる。顔の近くに思いきり顔を寄せて。
「今、目を開けないかな。」
あのまま、シンジの横で眠ってしまったらしい。
アスカが目を醒ますと、身体に毛布がかけられていた。もう外はすっかり真っ暗になって、
最後のかすかな残滓が西の空の淵に残るばかりだった。
あわてて、半身を起こすと、キッチンにシンジの背中が見えた。安心してまた転がるアスカ。
(「なんか、さびしいな・・・。ご飯なんかいいのに。」)
こころのなかでつぶやく。
さっきのノートがきちんと片づけられて、応接セットのテーブルの上に重ねられている。
それを引っ張り出すと、さっきのページの隣りに書きこみ始めた。
「ふたり」
壁にかかった暦
季節はずれの花の咲く夜
同じ夢を見る
わたしたち
距離を所有する体温
手のひらの中は枯葉の音
どれほどのことば
どれほどの血を抱きしめて
わたしたちは眠るのか
夢に疲れた面影の群れ
わたし達の風景
いることと
いないことの
やさしさが痛い
「あれ、ノートがないな。」
夕食のあと。シンジは宿題の残りをやろうとしてノートがないのに気づいた。
さっき二人で眠っていた居間にもどる。ああ、あったあった。
一冊だけ別ソファの上においてある。その上にあるのは・・・?
アスカのシャープペンシル?!
はっとして、ノートをめくる。
確か恥ずかしい詩をノートの後ろに書いてしまった覚えがある。
後のページから数枚目。開いたシンジは真っ赤になった。アスカに見られた!
だがすぐ横のページに気づく。
「アスカの詩?」
読んだあとで、顔がほころぶ。これはアスカの心。さっき一緒に眠っていた事も。
二人で戦い続けたあのつらい時間も。
ぼくらのあいだの絆。
「はじめてのことば」
あのなまえの
ことのはの
ことだまの
愛しさ
はじめての
ことばに
とっておきのリボンをかけよう
はじめてのことばに
金の羽根をつけよう
あの
唇にとけてしまう
愛おしいなまえに
アスカと
部屋に戻ったアスカは、ベッドに寝転んだまま天井を眺めていた。
なんだか知らないけど胸がもやもやする。
夕食の時もシンジの顔がまともに見れなくて、話し掛けてくるシンジに生返事ばかりしてた。
胸から吐き出したいこの、わだかまっている何か。
決心して起き上がる。新しいノートを開いて机に向かう。
いつも耳に聞こえる
歩いている時も
本を読んでいる時も
耳の底で
微かに偲んでうたうもの
眠りの中で
さびしく口ずさんでいるもの
夢の淵で
遠くからうち返すもの
いつもそこにあるなまえ
シンジ
胸がどきどきする。こんなこと書いちゃった。
これはわたしの本音?
窓を開けて冷たい空気に顔をさらす。冷たい風が心を落ち着かせてくれる。
いつまでも続いて欲しいこの時間。
トントン!
誰かがドアを叩いた。
二人の夕暮れ/終
詩、私は実は苦手です。
全くかけないのです。
文章の余計な飾りを全て捨て削り落とし、心をそのまま文章にする、と言うイメージでしょうか?。
自分の心をさらけ出すことに抵抗があるのかも知れません、もちろん文才の問題の方が大きいのでしょうけれど。
本編より少し素直に振る舞えるアスカちゃんと、本編より少し心を開くことが出来るシンジ君。
あの後の世界なのでしょうか?、それとも違う可能性なのでしょうか?。
身近にいるからこそ、素直に言葉に出来ない、素直に行動できない、素直に想いを伝えられない。
無駄のない言葉の表現である、詩。
だからこそ、素直に想いを表現できるのかな、などと柄にもなく考えてしまいました。
最後に、ノックをしたのは誰なのでしょう。
直接言葉を交わそうと思ったのでしょうか?。
それとも、もっと深く感じるために?。
文章の持つ力で開かれた新しい可能性。
この後の2人は、もう少し素直に、もう少し心を開けるだろうな、などと感じて。
続きが、知りたいですね。
ノックに気がついたアスカちゃんは、きっと、素敵な表情なんでしょうね。
コメント:まこと
Mar/14/2000