「今日碇と惣流の赤ん坊を見に行くんだ。綾波も行かないか?」

電話を取り上げると相田が電話口で言った。

「やっと、公開できるようになったんだとさ。委員長とトウジも一緒だ。」

「分かった。行く。待ち合わせは?」


30分ほどで、相田のバイクがレイのマンションに横づけされた。渡されたヘルメットをかぶり、
腰に手を回すと、バイクが発進した。


「私生まれたばかりの赤ちゃん見るのははじめてだわ!」

「俺もさ!それより惣流がどんなママになってるか、がっちり写真に取らないとな!」

「また写真売るの!」

「そうそう。綾波が生んだ時も、撮りに行ってやるよ!」


私が赤ちゃんを産む事は多分無いけどね・・・。わずかだけレイの顔が曇った。


「お願いするわ。」


ケンスケはほんの少し沈んだレイの声を聞いて、しまったと思った。何か微妙な事情がある事を感づいたからだ。



証拠の上でキスをして
こめどころ



「へえ、これがアスカの赤ちゃん・・・。」


レイが赤ん坊のほっぺたをそっと押す。
きょうは、赤ん坊が生まれて5日目。親友達にやっと赤ん坊を公開できるのだ。
2間続き、応接室、風呂付きの、最高級VIP用、差額ルームである。
一日たりともシンジと離れていたくないアスカの為に、シンジが思いきり張り込んだのだ。


「柔らかい・・・。人間の赤ちゃんはこんなに柔らかい物なの?それともこの子だけ特に柔らかいの?」

「みんな柔らかいのよ。あったりまえじゃないのよ。お餅だって出来立ては柔らかいでしょ。」


アスカはレイがそれ以上探求しないように、赤ん坊を抱き上げてしまった。


「ん〜、よちよち。ママでしゅよー。」

「ア、アスカ・・・。ちょっとべたべたし過ぎてるんじゃないの?育児書には度を越えないようにって・・・。」


ヒカリがはらはらしている。


「いいのよ。日中はほとんどよそに預けてるんだから。いる時にはべたべたしておく物なの!」

「そんな算数みたいに足したり引いたりできないでしょう。」


シンジがミルクを作って持ってきて言った。


「まあ、そういう気持ちで接してくださいって事なんだと思うけどね。アスカが抱いてると嬉しそうだし。」

「あ、シンジなんでミルクなんか作ってくるのよ。私が上げるって言ったじゃない。」


「へええっ、アスカ母乳が出るんだ!」


ヒカリがびっくりしたように両手を両頬に当てて叫んだ。


「あったりまえじゃない。なに今更驚いてるのよ!」

「ちゃんと、人間のおっぱいがでてるのかしら・・・・。動物によって成分が違うって赤木博士言ってた。」


レイがぼそりと呟く。


「あ・ん・た・ねえ、ケンカうってるの?」


アスカの顔がかあーっと赤くなった。慌ててなだめるシンジ。


「あ、ほらほら、怒ると母乳が出なくなっちゃうよ。落ち着いて落ち着いて。」

「う・・・そうよね。危うくレイの罠にひっかかるとこだったわ。
母乳が出ないとツバサが泣くから、ミルクをやらせてもらおうと思ったんでしょうけど。そうは問屋が・・・。」


アスカがボタンを外そうとしてまた叫んだ!


「そこおっ!!3馬鹿トリオも向うへ行ってなさい!」


覗き込んでいたケンスケとトウジはたちまち隣の部屋に追い出された。ケンスケのカメラも奪い取られた。


「大丈夫。私が変わりに撮っておいてあげるから。勿論フィルムはもらうけどね。」


ヒカリがにっこり笑う。シンジが叫ぶ。


「ぼ、僕まで追い出さなくてもいいじゃないかあっ!」

「あ、そうか。一応旦那さんだものね。」

「一応じゃないよ。本物の旦那さんだよっ。ね、アスカっ。」

「旦那さん・・・・。赤ちゃんの制作に関わった人・・・。アスカ、どうすれば赤ちゃんてできるの?」

「ど、どうやってって。そんなのシンジに聞いてよ私知らない。」

「ぼ、僕もよく知らないんだ、綾波。」


慌てて手を振りながらも何となく顔が上気する二人。相変わらず、初心い。
こんな事だからレイにからかわれるのだ。


「そう・・・、何となくできちゃう物なのね。一緒に暮らしてると。」

「そ、そうよ。なんとなーく、できちゃうのよ。」

「うん、そうだよね・・・。いつのまにかできたんだよ。」


いつのまにかできた、か。あれだけ大騒ぎして結婚したくせにねえ、とヒカリは呆れ顔。


「いつのまにかできる・・・・侵食、使徒の特性・・・寄生。肉体汚染。」

「ちょっと!なんてこというのよ、レイ!
この子はねえシンジとの愛の結晶で、お腹を痛めてできた可愛い可愛い子なんですからねっ。」

「知らないうちにできた子でも可愛いのね。」

「そ、そうよ。悪い?鳥も懐に入らば猟師もこれを撃たずって言うでしょ。」

「ぁ、アスカそれはちょっとびみょ〜に意味が違うと思うよ。」

「ふん!いいわよ!」


アスカは、再び赤ちゃんを抱き直すとブラウスのボタンを外し、ブラジャーごと乳房を掴んで
適当な位置にずらした。ヒカリが驚嘆の目で見詰めている。


「なんか随分大きくなったような気がするわね。」

「そうよ。ここはね、今は赤ちゃんのミルクタンクであって、ミルクの製造工場なの。」

「いっぱいでそうねえ。」

「へへへ。私のは性能いいみたいよ。この子が飲むだけじゃあまっちゃうの。
だから絞って取っておくのよ。」


「それどうするの。何かお料理にでも使うの?」

「まさか!夜中に起きて泣き出したら、シンジがあたためて替わりにやってくれるの。
おかげで私はゆっくり眠れる訳よ。朝取った分は、ナースセンターに持っていくと他の赤ちゃんが飲んでくれるわ。」

「アスカのお乳は人気があるんだよ。よそのお母さん達が飲ませたがるんだ。」


シンジがちょっと自慢げに言う。美人で優秀なアスカのお乳にあやかりたいという訳だろうか。


「そういえば、乳母と赤ちゃんは似るって言う物ね。」

「そうか。乳母って事になるのね私。乳母って何となくおばあさんだと思ってたけど、私達くらいの年じゃないと
勤まらないわよねえ。」

「でも子供が喜んで飲むんだ。すぐミルクを吐き出しちゃう子なんかも、アスカのだとよく飲むんだよ。」

「単純に考えて美味しいんじゃないの?」


レイは何となく自分の乳房を服の上から撫でながら言った。ヒカリが肯きながら言った。


「そうね、碇くんのお料理を毎日食べてるんだから、味がよくなったのよ。」

「そうかな、えへへへ。」

「こだまお姉ちゃんはおっぱいが出るかどうか心配してたけど。」

「個人差もあるんだけどね。この子が泣くときりきり痛むのよ。溢れちゃうのね。」

「赤ちゃんの声に反応して出てくるんだってさ。神秘的だよね。お母さんって。」

「何か不思議な気分よう。おっぱいやっるのって。」


そういいながら、アスカはブラの真ん中の部分を剥ぎ取る。授乳用の丸い窓が付いているのだ。


「ほうら、ツバサ。たっぷりお飲みなさい。」


きれいなピンクの乳首に吸い付くツバサ。ヒカリもレイもシンジも、その神々しい美しさに声が出ない。


「美人は乳まできれいやのう。」

「絵になるなあ。ラファエロの聖母像みたいだ。」

「きゃーっ、あんた達いつのまに入って来たのよ!!」


おもわず応接テーブルを振り上げるヒカリ。


「いいのよ、ヒカリ。男の子だって、見ておいた方がいいのよ。女がどうやって子供を育てるのかをね。」


ツバサを抱いてにっこり微笑んだアスカは、本当の聖母のように微笑んだ。
実際、トウジもケンスケも、嫌らしい気持ちは微塵も無かった。あのがさつで乱暴者で居丈高なアスカが、
赤ん坊を抱いて微笑んでいる。それは、暖かな光にに包まれているような神々しさだった。
いたずらで覗いてやれという気持ちは、トウの昔にどこかへ消えていた。ふたりはしんと見詰めていた。


「惣流・・・いや、もう碇アスカやったな。がんばりいや。立派な子供に育てるんやで。」


パシャっとシャッターが落ちた。


「この写真、おまえにプレゼントするよ。碇がいつも持っていられるようにな、碇の奥さん。」

「ありがとう。鈴原くん、相田くん。」


アスカは、ちゅくちゅくとお乳を吸っている、自分とシンジにそれぞれ似ている赤ん坊の顔を見つめた。


「いらっしゃい、ツバサちゃん。」


目を細めてツバサちゃんのほっぺたを優しく撫でる。シンジはその様子を魂が抜けたように眺めている。


「今生まれるって事は・・・去年みんなで行った海の頃、できたのね。」


いつのまにか指を折って数えていたレイが、再びぼそりと呟いた。
その声に、全員が我に返った。


「なんやてぇ〜〜〜。あの時は、たしか男女別々の部屋で寝てたはずやったなあ。」

「いつの間にイイコトしたのかなぁ、いかりく〜〜ん。ちょーっとつきあってくれっるかなあ。」

「い、いや・・・・。」

「白状せいや・・・いまさら。」

「う・・・。夜中に浜辺のはずれの岩場に行って・・・・。」


真っ赤になって白状するシンジ。アスカも真っ赤っかだ。
しかし、それを聞いたとたん顔色が変わるトウジとヒカリ。


「隣のカップルの声が激しいんでいつのまにか、ポーっとなったんだよ。」

「は。ははは、そうかいな。そりゃ災難やったなあ。」

「ヒカリは信じてくれるわよね。夏になるまでは私とシンジはこういう関係じゃないどころか、
キスもした事無かったんだよね。」

「・・・・う、うん。そうよね・・・・」


消え入るようなヒカリの声。


「だってさ、すごいんだもん。お隣り。あんたと一緒になれんかったらここで死んでしまうとかいってさ・・・。」

「女の子の方が、うれしい!とかいってね。多分すがり付いたのね。」

「で、男のほうがさかんに、ええんですか!ええんですか!って。」

「あとは、もう、一面の喘ぎ声って感じで・・・ね。」

「は。ははは、そうかいな。そりゃ災難やったなあ。」

「・・・・う、うん。そうよね・・・・」


うつむいたヒカリとトウジの二人の頭の上に熱気が・・・陽炎が出ている。ゆらゆら。汗ダクダク。


「で、その後、静かになったと思ったら、もう一生どんな事があっても離さへん!て。」

「女の子が、一生付いていくわって。情熱的だったなあ。」


思い出して、ぽわんとなっているアスカとシンジ。多分その時も全身が耳になった後
こういう状態になったんだろう。


「ふと気が付いたら、ぼくとアスカの手が重なっててさ。思わずアスカを抱きしめて口走っちゃって。」

「私もつい、ガラにもなく素直になっちゃってさ。」

「愛してる。君が欲しいって・・・。」

「私もあなたの物にしてって・・・。」


真っ赤になりながらも・・・・のろけだよなこれって。よく新婚さんがやる奴だ。
ケンスケが頭をばりばりとかきむしる。


「か〜〜〜〜〜っ。聞いちゃいられないな。な、トウ・・・・ジ?何、汗だらだら流してんだよ。」

「つまり、弾みでこういう事になった訳ね。」


冷静に分析するレイ。


「弾みじゃないよ!いつかは言ってたと思う。ただ、きっかけが無かったんだよ。それまで。」

「あ〜ん!シンジィ。」

「アスカァ。」


赤ちゃんの真上で口付けする二人。


「証拠の上でキスするんじゃなーーーーいっ!!」


カメラマンキャップを床に叩き付けるケンスケ。


「ま、結果的にはそのえせ関西弁のカップルがおまえらのキューピッドだったと言うのは分かったよ。」

「鈴原君と洞木さんに感謝するのね。アスカ、碇くん。」


飛び上がった二人。


「ななななな、なんやて!綾波っ!!」

「どど、どうしてわかったのよっ。」

「わたしただ、お見舞いに来てくれた事を感謝するべきだって言っただけ・・・。」


あんぐり・・・・・はめられた・・・。その後シンジとアスカとケンスケは叫んだ。


「なあああんだってえええええっ!!」


「夏は、男女を大胆にするのね・・・・。赤木博士の言ってた通りだわ。」

「うううう・・・・・。まだずっと先だと思ってたのに。先に男になりやがって裏切りもーん、裏切りもーん。」


血の涙を流すケンスケ。


「すまんケンスケ。だから言えんかったんや。勘弁な。」

「相田くん。どうして泣いているの。」

「綾波、おまえだって自分だけが一人なら寂しいだろ。」

「わからない。私はもともと一人ぼっちだから。私は、自分が誰だか捜しているところなの。」

「おまえも寂しいんだよ。ただ、失った事も無いから分からないんだ。」

「失う・・・持っていなければ失わないから。だから私は寂しさが分からないの?」

「そうおもうよ。」


突然、レイは顔を傾けると、ケンスケの唇にキスをした。


「綾波!なにすんだ!」

「相田くんも寂しいんでしょ。これで寂しくなくなった?」

「ばかっ。おまえが好きになった人としなくちゃだめなんだよ。俺なんかとしたってしょうがないじゃないか!」

「何故怒るの。私はあなたの為にキスしたのに。」

「もっと、自分の事大事にしろよっ!自分を人形みたいに扱うのをやめろよ!」


じりじりと後ずさったケンスケは、ドアのノブを開くと、外に走り出していった。叫ぶレイ。


「相田くん!待って!」


廊下に走り出たが、相田の姿はない。レイは部屋に戻って椅子に腰掛け、お茶を飲んだ。


「行っちゃった。」

「行っちゃったって・・・後を追わんでいいんか?」


トウジが尋ねる


「なぜ。」

「何故って言われるとこまるけど。この場合綾波が追っかけていって、ハッピーエンドって期待しない?」


ヒカリが食い下がる。


「そうかしら。話はおわってるし、彼はかってに飛び出していった訳だし。廊下にいなかったし。」

「でも、相田は自分の事より綾波を優先して考えてくれた訳だから、一応そうした方が良いんじゃない?」

「自分より他人を優先する。よく分からない行動ね。」


トウジがレイに詰め寄った。


「それが人間であるという事やないか。ケンスケはおのれが人間になれる方法を教えてくれたんや。」

「私は、人間だわ。」

「自分がつらい時でも、仲間の事をほうっておけないのが人間や。そうでない奴は人間の皮を被っているだけや。
ケンスケは、おのれが良かれと思ってした事に傷ついても、おのれの事を心配しとった。それが人間ちうもんやろ。」

「レイ、お願い。相田くんを迎えに行って。」


レイをヒカリとトウジ。アスカとシンジが、私をみつめた。


「分かった。行って見る事にする。」


本当はよく分からなかったが、レイはケンスケを迎えに向かった。
でも、なんとなく胸が苦しいのはなぜなんだろう、と思いながら。
自分を大事にしろって怒られたこと、結構ショックだった。
病院の外に出ると、正門に向かってリハビリテーションの人たち用の森が続いている。
レイはその道をケンスケを捜しながら歩き出した。



とてもおちこんでやるせないとき・・・
君を思いだせば、幸せになれる。
君の優しい言葉が僕を勇気づける。
鼻ににしわを寄せて笑う君の癖が
ぼくにもう一度歩き出す力をくれる。



誰かが歌っている。
聞いた事のない歌。でも私この歌が好きみたい。
いた。相田君。ほっとして息をつく。
ついさっき強く怒られたことを思い出す。
ほんとに好きな人にしかキスをしてはいけないの。じゃ私はほんとに好きな人を探してみよう。
私・・・・さっきの歌のように思ってもらえる女の子にいつかはなれるだろうか。



ケンスケが歌を止めて顔を上げたので、レイは少し微笑んで彼を見た。






ケンスケは、ちょっと顔を赤くし、唇を手で拭いた。








終わり


Oct.3.2000


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