松代でのこのところの仕事は、使徒による反転重力場形成の証拠を見つける事だった。
ある一定のFieldの範囲に5cm間隔で感応素子を埋め込み、重力場の異常を見つけ出す
という、気の遠くなるような仕事である。
その一定のFieldというのが、一単位1kuである。1uに400個素子を埋めていくとして
約400000000個を埋め込む作業が続く。
これを最低100単位集積すると、ベースのデータが集積されて異常発見の基礎データと
して解析対象にできる、と言う事である。
MAGIで解析できるようにする以前の段階が一番問題なのだ。
基礎データをチェックするのは、結局手仕事みたいなものである。
使徒の残した微細な原子がこの辺りの土壌に残留している。
その活性が保たれている事が我々の生態系にどのような影響を与えるのか。
その研究を開始する為の…。

「つまりね、この使徒の持っている遺伝子構造が我々と99.999999999%まで一致
しているという解析結果が出ているのよ。問題はこのコンマ9桁が固定された数字では
なく変動数だという事なの。99.999956712になることも、
32137になる事もある変動数なのよ。またそれが遺伝子系の変動にとどまらず、即座に
表現系にまで影響を与えるケースがある事。また前は固定していたものが今は変動する
というケースも見られるのよ。」
「ちょっと待って、ちっともつまりになってないよ。それって逆に表現系が遺伝子系にも影響
するくらい不安定なものなのに、9999までは固定されているという事と矛盾しないかい?」

シンジとアスカは現場の埋め込み作業の指示をしながら忙しく働いていたが、やっと昼休みに
なり、テントに戻って議論をしている。

「日本ではそんな解析が出ているらしいわね。どこの世界に表現系が遺伝子系に影響を
与える生物がいるってのよ!まったく使徒ってやつは!」
「SSPCを組めないんだ。そういう事だから…。」
「超PCRをかけて実施されてるのよね。」

アスカはバサバサと書類の束をめくった。結局こういうFieldでは紙に書かれた書類に勝るもの
はない。直感的にその資料が存在する場所を開く事は人間にしかできない事で、さらにその
関連書類がなにであるかを連想して開けるのは…。

「アスカ、使徒は遺伝子系を自分の意識領域でコントロールできるんじゃないのかな。
意識とまでいかなくても、僕等が書類を目処をつけて開くように。」

「可能性はあるかもしれない。でも実証ができないわね。」

アスカは頭をばりばりとかきむしった。

「シークエンシングができないのよ。こんなことだから。SSCPの解析バンドが2,3本どころか
10も20も派生するようなものよ。」
「我々と同じものが使徒であるなら…あくまでヘテロプラスミーだけの違いであったら…。
僕等のやってきた事は…。」
「単なる同族殺しかもしれないわね。
ミトコンドリアみたいな母系遺伝子が発見される事でもあれば、あるいはシリウス辺りに
ミトコンドリアイブが見つかるかもしれない。」

アスカは振り返って僕をじっと見た。

「でもそれは、今、情緒的にに考えるような事じゃないでしょ。」

アスカは科学者の目でシンジを見つめて言った。
シンジは何も言えなかった。






僕らがい

VOL.2〜光の壁の向こう側でも〜

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こめどころ





「解析終わりました。」

美しい螺旋の渦を描いて松代近辺のすべての地形がモニターに現わされた。

「なんだこれは…。」

みな唖然として声も出ない。逆転位相異常の点を現わす光の明滅がモニター全域を
埋めつくしている。
すべての単位において、その素子が400/400を示しているものが全体の78%以上に
及んでいる。

「こんなはずはない。すべての土壌からは、まったく何の反応も検出されていなかったの
だから。我々が想定していたのは、逆転位相が原子レベルで他の原子とぶつかった時の
電離反応を、コンマ0.0000001秒単位でMAGIを使って捕らえる事だったはず…。」

「このレベルであれば少なくともppm単位の土壌汚染が広がっている事になる。」

「だが、土壌には何も…!」

「生物だわ。」

アスカが静かに言った。良く通る彼女の声が皆のざわめきのなかでも全ての所員の耳に
達した。そうか…、土壌自体に検出されないとなれば。

「ネルフの自動土壌検査装置は純粋に土壌分析だけを行う。そこに盲点があったんだわ。」

アスカの声がしんと静まり返った解析室に響く。咳払い一つないほどの静かさだ。

「シンジ、周辺のアグリプラントのデータはないの?」

「待って、今答えが来る。出荷ベース約20%のダウンがここ3年間にわたって続いている。
原因は、農薬無効によるタバコモザイク病の発生。2年目、生物農薬の生殖力復活により
先住昆虫の絶滅による受粉率低下、未結実果実の増加。3年目麦角発生による小麦全滅。」

「ひどいわね…。影響がもし使徒によるものなら、ウイルスの変異、昆虫の生殖異常、
毒性の出現ということになる。最悪の変異性が考えられるわね。」

「つまり…次世代にわたる変異原性のある物質が…?」

「もし、物質なら問題はぐっと楽になるけれど。それ自体が意識を持つケースがあるのが
使徒というものなの。皆さんは目の当たりにしていないから信じられないかもしれないけ れど、
全ての表現系において、遺伝子系にまでさかのぼって自律的に変異する能力を持つ可能性が
あるもの。それが使徒なのです。」

「すると、どういう仮説が?」

「例えば、敵意を持ったままの使徒がDNAとか母系遺伝子のレベルで自らを微細化すれば、
いったん土壌にばら撒かれたものがそこにいた全ての生物の転写因子に潜り込んで
みずからを再製増殖させる事で命脈を保ち、人類に2回目の攻撃を考える事があるかもしれないし、
それが明らかになった段階で殲滅戦になる事を考えればむしろ我々の生命系に利益をもたらす
事で共存を図るか…。そしてもう一つの選択は、過去に一度選択をした事のあるあの方法。」

シンジが口を開く、思い出したくないMAGIへの侵蝕。

「死なば諸とも…。」

一瞬、室内にざわっとした動揺が波のように広がり、すぐに静まり返った。

「もっとも、使徒が我々のDNAレベルにまで既に潜り込んでしまっていれば勝負は意味を成さないわ。」

全員がアスカの次の答えを知っていた。ごくりと喉に詰まったものを無理矢理飲み下す。

「私たち自身が使徒になってしまうのだから。いえ、既に我々こそが使徒そのものなのか
もしれない。」













「とんでもない事が松代では進んでいたという事か。」

加持はいつものように明後日の方向を眺めながら、独り言のようにいった。

「松代だけじゃないでしょ。使徒の現れた所はすべて、汚染があったと。」

アスカはインスタントのコーヒーを顔をしかめながら飲んだ。

「政府はさぞ頭が痛いでしょうね。」

「既に問いあわせが来たよ。謀反人どもを選別する事はできないのかとな。」

「ま、あいつらの発想は、そんなもんでしょうよ。使徒に思考を乗っ取られた人間が自分たちに
向かって引き金を引くという妄想かしらね。」

「傑作なSF映画だな。アンドロメダ病原体という名作があったが…。」

「脳髄に寄生するなめくじとか…。」


その映画はシンジも見た事があった。


「まあそんなことかな。」

加持は机の上においてあった、研究所の調査要録をアスカに手渡す。

「さしあたりはヒトゲノム研究所辺りが動き出す事になると思うよ。」

「DNA変異があるかどうかの確認?使徒だってそうそう簡単に分かる所にはいないで
しょうにね。バックアップの中に潜り込むかしら…。」

「まあな。俺だって生まれてくる子が使徒だったらとは考えたくない。だが自分自身が
使徒になっちまってるのなら、もうそんな事は考える必要もない。」

「劇的な形態変異は伴わないという前提でね。」

「人は形態でしか仲間かそうでないかを見極めないからな。人間のかたちをしていながら、
使徒以上に遠い、醜悪な存在はいくらでもいる。人間のかたち人間の行動をしていないと
どんなに誠実なものであっても人間扱いをしない。」


シンジは昔自分の手のひらの中で死んだ友人の事を思い出していた。












アスカとシンジはその後すぐに自分たちの家への帰路についた。
黙りこくっているシンジ。
アスカはことさら明るい声でシンジに話し掛けた。

「シンジ、お願いがあるんだけどな。」

「え?なに。」

「これから帰ってお料理するの大変じゃない。だから何処かに寄って食事をしていかない。
実はちょっと行きたいお店もあるのよ。」

「へえ、アスカが目をつけてるお店があるんだ。」

「うん、武蔵小金井にある磯和というお店なんだけどね。小金井カントリー帰りのお偉いさんが
よく使う店なんで、小さいけどネタと味は抜群よ」

「え?それって和食のお店?」

「私だって、和食くらい食べるわよ。イメージに合わないかもしれないけど、お刺し身だって
結構好きだしさ。でもどこのSSに出演しても洋食しか食べさせてくれないのよね。」

「え?」

「え?いいええ、こっちの話。第一私お味噌汁好きだしー、和食嫌いな人はあれが飲めないのよね。」

「いいよ。じゃ、そこにいこうか。」

「わい!じゃね、中央フリーにのっちゃって。その方が早いから、それで府中インターを下りて。」




がらがらがら…。


「へいっ!いらっしゃい!」

「ふたり、あいてるかしら。」

「へい!お座敷がいいです?はい、御新規さんお座敷お二人!
… 一度お出でになった事がありませんか?まだずっと小さい頃に、まだ中学生くらいの時に。」

「あらっ、憶えていてくださったの?ええ、来た事があるんです。
急に懐かしくなって来てみたんですが。」

「そりゃあどうも。ああ、思い出した。冬月先生といらしたお嬢さんだ。」

「冬月副司令とと?」

シンジは意外な組み合わせだなと、思わずアスカに問い掛けた。

「うん…。」

アスカは和テーブルの向こう側に腰を下ろした。掘りごたつのようになっているので正座の
苦手なアスカでも楽に坐れる。

「シンクロ率が上がらなくていらいらしていた時、八つ当たりが自分でも止まらなくなって、
ロッカールームで泣いていた時があったの。
なさけなくて…くやしくて…さみしくて。」

アスカはその時の事を思いおこそうとするように、頬ずえをついた。

「そうしたら、副司令が見せたいものがあるって言って、小金井の公園に連れてきて下さったの。
3時間くらいかな、ゆっくりゆっくり、広い芝生と大きな木の間を幾つも抜けて歩いた。夜の風が
私の興奮を冷まして、いつのまにか、一生懸命、副司令の背中だけを見て歩いていたわ。」

「そんなことがあったんだ。」

中学生の女の子と、初老の背の高い紳士の二人連れが、ひろい公園の中を黙々と夜中に
歩きつづける情景をシンジは想像した。

「ふと、副司令が暖かいものを食べに行こうと言ったの。私の好きなものでいいかって。」

アスカはニコニコしながら言った。

「わたし、てっきり私の好きなものをおごってくれるんだと思って、ついていくことにしたの。
ところが、来た所はここ。日本料理を私に食べさせたのは冬月副司令がはじめてだったわ。」

「アスカはおこらなかった?こんなもん食べれる訳ないじゃん!とか…。」

「言ったわ。でも副司令はにっこりして入って行っちゃって。しょうがないからついていったの。」

「最初に出たのが桜湯。桜が飲めるなんて知らなかったけど、いい香りだった。」

ちょうどその時二人の前に桜湯が出された。
うすい木の皮に墨で書かれた今日のお品書きが渡される。

「あの夜もこうだったわ。私には珍しいものばかりだった。
日本人は生の魚をそのまま食べるって聞いてたから、ほんとはどきどきだったのよ。」

「同じ物でも、そういう言い方をすると、金魚を丸呑みにしそうな感じだね。」

「そうなのよ、なんて野蛮な国だろうって、思ってた。その野蛮人に勝てない自分が悔しかったのね。
あなたのことよ。」

シンジは苦笑した。

「野蛮人ねえ。」

「そこで、まずこーんなかおのお魚が出たわ。ぶるどっぐみたいな。OKOZEとか言ったかな。
味噌スープは、家でも時々出たから飲めたの。でも、冷えた体には気持ち良くて、とてもおいしかった。」

アスカがオコゼの顔真似をしたので、シンジはひとしきり笑った。

「その後、いろいろなものを食べたけど、みんな美味しかった。
その時気づいたの、お母さんは私にきちんと日本の味を伝えていたんだなって。」

「何になさいましょうか。」

おかみさんが、注文を聞きに来た。

「じゃあ、おまかせします。飲み物は、ビールを。私には麦茶を。」

「僕が飲むとまずいよ。」

「大丈夫、私が運転するから。青梅街道にでれば、東中野までは30分くらいですもの。」

「へえ、意外と近いんだね。」

アスカとシンジは乾杯すると、ごくっと飲み干した。喉が渇いているのでおいしい。

「わたし、自分が間違ってたなって思った。先入観や、思い込みでがちがちになってた。
和食って美味しいわ。日本人もちっとも野蛮じゃない。繊細で、思いやりのある人だって
大勢いるし。お母さんの、そして私の国でもあったのよねえ。」

アスカの碧青色の瞳がシンジを見つめていた。
シンジは咳払いをして、もう一度ビールを干した。

「私、自分に日本人の血が流れていて良かったと思ったの。その時。」

アスカは、礼文雲丹を小匙に掬うと、ぱくっと口に入れた。

「ん〜、美味しい。ドイツじゃ食べられないわよね〜。」

暫くしてアスカが言った。

「シンジ、使徒と人間は理解しあえると思う?」

「同じものだと思うから返って理解しあえないことが多いということは、人類同志で散々経験してるだろ?」

「使徒と人間は最初から違うということがわかっているから、分かり合えた部分での感動が深いかしら。」

「そういうこともあるかもしれないね。」

「DNA系の99.89%が一致している生命体…。最初はびっくりしたけれど0.11%が違えば
まったくちがうのが、当たり前でしょう?別に驚くことじゃない。ただ、出来損ないの人類同志で
仲良くできるという考え方にもうひとつ、みんな同じになってしまえという考えもあるでしょ?」

「つまり今回のように遺伝子系をまったく一緒にしてしまうということなのかな?
カヲルくんが言ってた、どれか一つの可能性しか生き残れないという話をチャラにする方法…。」

「それにしたって結局、いくつかの生命体が場所を奪い合えば適応放散が起きる過程で
同族殺しは避けて通れないんだけど。」

「アスカを好きになった人が大勢いれば、僕がアスカを自分のものにした時点で他の人は
敗者になる。そういう事を避けて通ることはできないって事?」

「他の人に私を譲る?」

シンジは激しくかぶりを振った。

「そういう競争を宿命づけたのは、いったい何なのかしらね。平和そうな木や草も、排他的競争から
逃れられない、この世界は。」

「僕等が、この宇宙の中で気の遠くなるような確率の競争を乗り越えてめぐりあったこと、
それを考えなきゃ。僕は戦いの後にアスカが待っていてくれたこと、そのことだけがうれしいんだ…。」

そういうとシンジは自分の言葉に照れて真っ赤になった。

「馬、馬鹿ね、なにいってんのよ、こんなところで。」

アスカも照れてれ声で真っ赤になった。
狭い店である。ふたりの会話は他のお客にも筒抜けだった。

「いいねえ、若い人たちは純粋で。」

「そうですねえ。私にもあんな時期があったかなあと…。」

「久しぶりに、どきどきしたよ。これがときめきって奴だったかな。」

カウンターのお客が話している。
シンジとアスカはお箸を膝の上で握り締めて、湯気が出るほど赤くなって俯いていた。







その夜半。

シンジは、ふと目を覚ました。
愛し合った後、そのまま眠ってしまったのだった。
少し体を起こすと、アスカが胸の脇にしがみつくようにして眠っていた。

「う…ん。」

アスカが肩を出して擦り寄る。
シンジは、その細い肩にくちづけをすると大切なものをくるむように
アスカに毛布をかけた。

眠りながらわずかに微笑むアスカ。
銀色の夜の光の中で眠る、シンジの、命よりも大切な女性。

花のつぼみが膨らむときのような笑顔。

いとおしさが身体中に込み上げる。




「…例え、きみが光の壁の向こうにいたとしても。…ぼくは、君のこと、必ず探し出してみせる。
いつだって君の所に駆けつけてみせる。……アスカ。」










「ねえ、もう一度言って。…シンジ。」














VOL.2〜光の壁の向こう側でも〜 終り



「僕等がいた」VOL.2をお届けいたします。
ずいぶん間が開いてしまいましたことをお詫びいたします。

シンジ:ずるいよーっ!! おきてるなんてーっ!!
アスカ:耳福、耳福〜♪♪
こめどころ:シンジさん、顔、まっかですよ。
シンジ:(ぼぼぼっ!)わーん!!(猛然とダッシュ!)
アスカ:あっ、シンジー。(追う)

こめどころ:お二人がいなくなりましたので、今日の後書きは無しです。
誠:今回はケダモノじゃないのかあ。ヘビとか…。
こめどころ:じゃまた次回はウサギアスカとか、みみずシンジを出そうか。
誠:み、みみず〜?(引き)
こめどころ:風邪にいいそうですが。地竜とか申しまして。
誠:げ…。りつこさんの対極だな。
こめどころ:それでは次回をお楽しみに。
誠:そんな平安時代の陰陽師がつかうようなもん出させんからな〜。

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こめどころ



Feb.1.2000 加筆 再録

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