アスカ ! 25時
第壱話 -ふたりのヒミツ-
こめどころ
環状線の扉が開くと、車両の中の人々が一斉に目を上げた。
ほう、と思わず声を漏らす人もいる。
長いつややかな黒髪。輝くような濃い茶色の瞳、いかにも賢そうな明るい額。
ばら色の頬。白樺の若木のような伸びやかな肢体。
市内でも一番のお嬢様学校で、レベルも並大抵でない「地の塩」学園の女生徒だ。
その娘は、まっすぐに正面の席に進むと腰をかけようとした。
そのとたん、環状線が発進し、よろけて横に座っていた紳士の膝の上に腰を下ろしてしまった。
「あっ、す、すみません。」
頬を染めて慌てて謝る。
「いや、なんともありませんよ。こちらこそ申し訳ない。」
社内の皆が微笑ましそうにその様子を見守っていた。
その刹那、娘はその紳士の右腕をねじり上げると、痛みに思わず立ち上がった男を見事に
床に叩き付けた。
「菱川重三!国家重要機密漏洩罪で逮捕する!」
鋭い声が車内に響き渡り、電子錠がシュッと音を立てて男の手首にかかる。
ボディガードらしい若者が2人席を蹴って娘に襲い掛かるが、低い位置からの鋭い蹴りが
見事なまでにその鳩尾を突く。若者は悲鳴を上げながら反対側の座席まで吹っ飛び、動かなくなる。
もう一人は、後ろから立ち上がった背の高い男が手刀の一撃で寝かしつける。
ほんの一瞬遅れて、5,6人の男女が殺到し、3人を引き立てた。
「すごいな、また腕を上げたんじゃないか、アスカ。」
「やだ、そんなことありませんよ。加持さんがそばにいてくれると思うから。」
「しかし、良く似合うな。セーラー服。本当の女子高校生みたいだよ。」
「えへへ。そんなに若く見えますか?」
「あっ、いけない! もう5時過ぎてる! じゃあ、みなさんお先に失礼します!!」
「お、じゃっ、またな!」
「またあした!」
「しつれいしまっす!!」
いろいろな声のかかる中を、捜査課を飛び出していくアスカ。
裏の駐車場に停めてある、真っ赤な、サイドカー付きバイクに飛び乗り、これまた真っ赤なヘルメットをかぶって、
市街地に飛び出していく。見事な操縦ですいすいと皇居跡をまわりこむと、麹町から一路新宿へ。
高田馬場にやって来ると、いくつかの角を曲がり、ついたところはとある保育園だった。
「くりくりほいくえん」の看板が出ている。
「すいませーん!遅くなりましたぁ!」
「はーい!」
奥からピヨピヨエプロンをかけた保母さんらしい若い女の子が走り出てきた。
一瞬ぎょっとした顔をする。
「あ、あの。なんの御用でしょうか?」
「はあ、子供を引き取りに来たんですけど・・・。」
急いでいたアスカは、「地の塩」学園の制服のままであった。保母さんがびっくりするのは当たり前である。
「あ、あははは、このかっこう?あ、ははは。すみません仕事着のままで来ちゃって。」
セーラー服のお仕事?若い保母さんは乏しいその方面の知識を総動員したが、結果は無残なものだった。
「(怪しいお仕事の方なんだわ・・・。)は、はあ。それでお名前は。」
「あの、碇ですけど。」
「あ、碇さんの代りの方ですか?何か代りを頼むという書きつけでもないとお渡しできないんですが、お子さん。」
「あのお、本人なんですけど・・・。」
え?碇さんは確か金髪で青い目の明るくて賑やかな良く笑うジーンズの似合うお母さんじゃなかったかしら?
その時奥から、くりくりの金髪の巻き毛の女の子が走り出してきて飛びついた。
「ママ〜〜〜!!」
「ツバサちゃーん!!ママだって良くわかったわねぇ。」
「だって、ママの変装ってすぐ分かるんだもん!!」
「へ、変装?????」
若い保母さんはますます訳が分からなくなるばかりであった。
その時、奥から温和な感じのお年寄りが現れた。
「おや、アスカさん、急にツバサちゃんが飛び出していったと思ったら。そういうことだったのね。」
「園長先生、こんばんは。今日もお世話になりました。あの、すぐ私ってわかりました?」
「ええ、すぐにわかりましたよ。」
「はあ〜、自信なくしちゃうな、私。ツバサにも園長先生にもすぐ見破られちゃうなんて・・・。」
「ほほほほ、私のとこには何十年も前に卒園していった子もひょっこり来たりしますからね。
そんな子達の顔をすぐ見分けるのも仕事の内なのよ。」
「何十年も前の、子供の時の顔で・・・。」
アスカは思わずため息を吐いた。
「私なんか、まだまだ駆け出しだなあ。」
「ところで、今日はだいぶ急いでいたようね。その格好のままで来るなんて。」
「あっ、すみません。お恥ずかしいです。」
「良く似合うわぁ。とても・・・歳とは思えないわね。」
「ええっ!・・・歳ですってぇぇぇぇっ!!わ、私より7つも年上なの?」
若い先生が、素っ頓狂な声を上げる。
「そんな大きな声で言わないで!」
「あ、すみません。あんまり驚いたので。」
カラーコンタクトをはずすと、美しいブルーアイが現れた。
「あ、ママの、お空の色の目だ。」
「ツバサちゃんはママのお空の色の目が大好きなのよねえ。いつも自慢にしてるんですよ。」
「うんっ!ママの目は世界で一番きれいな目だって、パパもいつも言って・・・むぐぐ。」
「は、ははははは。じゃ、じゃあまた明日。お世話様でしたぁ。」
真っ赤になったアスカはずるずるとツバサを引き摺って保育園を後にした。
サイドカーにツバサをしっかり乗せる。黄色い小さなヘルメットを被せる。
「ツバサあ、あんまり外で変なこと言わないで頂戴ね。」
「どうして?パパとママが深く愛し合っていることは別に恥ずかしい事じゃないでしょう?」
「大人になるとわかるけど、照れくさいもんなのよ。」
「変なの。ところで、頼んでおいた中央公論社の日本の歴史19巻−開国と攘夷を買ってきてくれた。」
「あっ、きょうは仕事が忙しくて忘れちゃってたわ。今から一緒に紀伊国屋に行きましょうか。」
「だめだめ、今日はパパと入れ替わり出勤でしょ。8時には出ちゃうんだから、そんな暇はないわよ。」
「そうだったわ。ごめんねツバサ。」
「いいわ、明日は「万葉の人々」でも持っていくから。さあ、パパごちそう作って待ってるわよ。
おうちにむかってしゅっぱーっつ!!」
サイドカーがエンジンオンを響かせて走り出した。ツバサお気に入りの気球型のBMWのサイドカーである。
碇ツバサ、5歳。いわゆる天才児であるが、アスカと二人だけの秘密になっている。
2歳で英語ドイツ語日本語を自由に操り、3歳で50m走8秒。現在、高校上級並みの学力がある。
普通の女の子として暮らさせてやりたいというアスカの希望と、本人の希望による。
碇アスカ、27歳。大学過程を13歳で終わらせた天才児であった。
広域特捜警察捜査官で、鬼のアスカの異名を取ったほどの凄腕捜査官でもあった。
容姿端麗、眉目秀麗、射撃も、体術も何でもござれのウルトラスーパーレディもいまや
一児のお母さんで、捜査部でアルバイト捜査官をしている。
旦那にとっては少しちびなのを気にしている、どこにでもいる明るく可愛い妻でもある。
さて、このアスカとツバサ、子煩悩なシンジパパを中心として引き起こされる数々の事件を次回からは
ご紹介いたしましょう。
アスカ!25時 第壱話 おわり
さて、連載の明るいものを書きたくて、暖めていたアイデアをとうとう書き始めてしまいました。
天才ママと天才娘のコンビがバッタバッタと悪人をやっつけるという計画です。
こんなお話はいかがとかのアイデア。かってに続きを書くとか、読者もなんでもありのSSです。
スポイルされたシンジ君はどんな風に暮らしているんでしょうねえ。
こめどころ
Feb.2.2000