アスカ!25

第七話 後編 「りんごの木を植える時」

こめどころ




キュラキュラキュラキュラゴゴゴゴゴゴゴゴ


「進め、進め〜い!!」


富士と練馬の教練機動部隊の戦車隊が怪獣を取り囲む。その数約20台。

後方に控える多連装ロケット、有線誘導弾部隊。

東京中心部の避難を終え、ついにお約束の国防軍の出動である。

緊張感がみなぎる中、皆何故か嬉しそうなのは何故であろうか。

東京に続く高速道は大型の運搬トレーラーに埋め尽くされるほどであった。

どこにこんなに多くの軍用車両があったのだろう。

軍の主力である北海道や九州の部隊もいつでも展開できる様、大型へり、大型輸送機の準備が終了している。

そこからぞくぞくと吐き出される戦車、兵員輸送車、装甲車の数々。まずは戦車による攻撃。

比較的至近距離からの直接射撃である。


時間が経つに連れ、怪獣の体は膨れ上がっていくように見える。

身体がびくんびくんと震えるたびに僅かずつ大きくなっていくように。


「見えるんじゃない、実際に大きくなっているんだ。」


このまま遠巻きにして様子を見ようと言う意見も合ったが、いずれにせよ、どこかで捕獲しなければいけないなら

足場のいいここでという意見と、あわよくば一気に射殺か捕獲してしまおうという意見が大勢を占めた。

皆、自分の常識を揺らがせるような「怪獣」などというものにはさっさとお引き取り願いたかったのである。


「でかくて、海を泳いで吠えるだけなら鯨と同じ扱いじゃないか。いまのところ人を襲うわけでなし。」


という冷静な意見は、怪獣が上陸するに当たって立ち消えていってしまった。

それでも身体の大きさから割り出した麻酔弾の射撃も行われようとしたが、寝ているのかどうかが分からない以上近づけないのでは

話にならない。第一あれは本当に生物なのか?

貴重な生物種を殺してしまうのかという声もあったが、害獣による未然の危険を避けるためのやむを得ぬ駆除というところか。


「まずは焼き払えるものかどうかだが。準備は出来ているか?」

「火炎放射型戦車、焼夷砲弾等が用意してあります。周囲には地雷の敷設も終わっております。」

「まずは、ひとあてしてみるか。戦車隊に機関銃での発砲を許可する。」


ずどどど!どどどどどどど!


一斉射撃を加える戦車隊。最新鋭の0010型戦車機銃12.7mmによる集中射撃が約3分間続いた。

薄煙が晴れた後、深緑色の長い毛を全身に纏った怪獣はまったくダメージを受けずにそこに立っていた。

その身体から透明な粘液がどろどろと流れ出してくる。キュラキュラとゆっくりとした動きで近づいていく戦車。

その戦車と粘液が接触したとたん、ジュワーッと真っ白な煙が立ち昇る。


「う、うわああっーーっ!!」


ハッチに上って敵を眺めている戦車長が叫び声をあげる。がくんと車体の右側が沈んでいく。キャタピラ、腹の下の駆動部位が

あっというまに溶けて消えてしまった。なおも続く溶解。戦車内の3人が飛び出してくる。かろうじて粘液の流れをよけて走って来る。

数台の戦車を溶かされ、一斉に猛スピードで後退をはじめる戦車部隊。

そのとたん怪獣の形がぐずぐずと崩れ出す。歓声を上げる国防軍の面々。

一斉射撃によって強酸性の粘液を吹き出したがとうとう耐えられずに倒れた。そう思ったのだった。

が、次の瞬間にそれは間違った認識であった事を思い知る事になる。

ぐずぐずと形を崩した怪獣の残骸の中から数百数千、いや、数万体の長さ1mあまりのゼラチンと繊毛に包まれた可動物体が、

放射線状に猛烈なスピードで散らばっていく。それは、ちょうど粘菌が一斉に蠢き出したかのようだった。

(粘菌についての簡単な知識: http://www.kahaku.go.jp/special/past/henkei/hen-eng-omot.htm )


「ぎゃあああ!!」

「うわあああああっ!!」


次々とそのゼリー体に飲み込まれていく兵士達。飲み込まれてなお苦悶の表情で溶かされながら体内でもがき続けるが、

2分としない内にその肉体は消え去って吸収されてしまう。その向こうでは2,3匹の粘体が一人の身体を奪い合い引き毟っている。

地獄のような殺戮の光景はほんの30分ほどで終わり、TV画面は2度と動く事はなかった。


[吉岡さんっ、吉岡さんっ、吉岡っ!!」


スタジオのアナウンサーが泣きながら現場アナの名を叫び続けている。

日本中が戦慄に包まれた瞬間であった。皇居周辺に展開していた軍、警察、報道。そこら一面を食い尽くして粘体は再び合体した。

ずるり、ずるりと身体を引きずりながら麹町から四谷方面に向かっていく。

時々、敷設された大型地雷に触れ、身体の一部分が吹き飛ばされるが、すぐにその小片は元の形に戻っていく。

後方に控えていた多連装ミサイル、戦車隊、大口径の長距離砲、有線の地対地ミサイルなどが一斉に怪獣に襲い掛かった。


「避難命令が出ています。怪獣の進行方向に当たる地域渋谷、新宿、中野、練馬、世田谷、杉並、武蔵野等の皆さんは

すぐに何も持たずに軍のトラックで避難を開始してください。自己所有の車両は使用禁止です。警告無しに破壊される事が

あります。何も持たずに広域避難場所に集合してください。繰り返します・・・。」


TVが、ラジオが、広報車両が叫びつづける。その間にも怪獣は分離、集合を繰り返しその度に数百から数千の人々が

その身体に飲み込まれて行く。


国軍の必死の攻撃は、まったく意味を成さなかった。いたずらに周囲のビル街を破壊していくだけだ。


伊豆半島では海上保安庁、海軍、広域特捜、内調、軍諜報別班等が必死で怪獣の出現場所の調査を行っていた。


「間違いない、あれはマフィアと青の牽制のための怪獣だ。」

「本部を見つけろ、田子の浦から熱海にかけての海底をしらみつぶしにしろ!」

「すべての航海記録を検索し直せ!もう一度チェックしろ。必ずどこかから大量の資材が入っているはずだ。」



立川の攻撃へリ部隊が発進を開始した。腹一杯の焼夷ミサイルをかかえている。

約20分で上空到着。一斉に攻撃にかかるが高温の炎に包まれながらまったく動じない。丸く縮こまって攻撃をしのぐと

再び巨大化し、進行を続ける。高圧電流、徹甲弾、化学兵器、大型爆弾、すべてが効果無しであった。

打つべき手が無い。軍は頭を抱えた。この先はまだ完全に避難の終わっていない、新宿からの高人口密集地区の西部多摩地区である。



その時、首相官邸にはさらに難題が突き付けられていた。


「国連軍から支援準備の連絡が入っています。原子弾を使う準備をするかどうかの問いあわせもです。」

「巨大な低気圧が発生中です。後数時間で関東は暴風雨圏内に入ります。中心風速60m以上。

東京の避難は10時以降は不可能になりそうです。」




ゲンドウ達は、激しくなってきた風雨の中、早稲田大学講堂の上から怪獣を見つめていた。


「どう思うラングレー。」

「やっかいだな。封じられているものの数が多すぎる・・・。」

「かなりの圧をかけておいてから一瞬に消し飛ばさないと簡単に復活してしまう。」


近代兵器といえども通常兵器では、あの怪獣に対しまったく歯が立たない事が一目瞭然であった。

レイも戻ってきた。


「やはり、ここは・・・・。」

「アスカとツバサに戦ってもらうしかない。」

「でも、侵襲が大きすぎるわ。何といってもツバサの本体年齢はまだ5歳・・・。」

「碇家とラングレーの名をつぐものとして、ここはつらいがやってもらわねばならん。」

「我々は、全エネルギーを使ってあれを押さえつけよう。少しでも孫と娘が楽になるように。」

「言っておくが、あれはわしの娘だからな。」

「残念だろうが、アスカはうちの嫁だ。立派にこなせるだろう。」

「聞いてるのか、きさま。あれは俺の娘だ。」

「負けたものには何も残らんのだ・・・。(にやり)。」

「む、むう。俺の大事なアスカを。おまえにやったわけではないわ!」


にらみ合う2人。


「いいかげんにしなさい。結婚に勝ったも負けたも無いでしょう?」


苦笑いするレイだった。つられてゲンドウとラングレーも笑った。

三人の姿が消えた。




上空2000m。大小2つの影が球体状の丸い膜に包まれて浮かんでいる。

アスカとツバサは上空2000mから眼下を見下ろしていた。その目は雲を透過して、しっかりと怪獣を捉えていた。


「ママ。皆の避難が遅れているわ。」


小さい影がつぶやく。

ツバサの目は一時避難場所に指定されている小学校や、広域避難場所の公園にも注がれている。

激しくなってくる風雨のなかで人々の歩みは次第に遅くなってきつつあった。

アスカが両手を広げ、念を凝らす。

風が巻き上がる。雲が切れ切れになって上空に向かって吸い上げられたちまち薄くなっていき、地上では急に弱まった風雨に

勇気づけられた人々がまた動き出す。


「アスカ、ツバサ。我々も手伝うぞ。」


ゲンドウ達が周囲を囲むように現れる。5人は一つの固まりとなって怪獣のすぐ近くに降り立った。

怪獣はすでに5階建てのビルほどの大きさに膨れ上がり、巨大な山のように動きつづけている。完全に一体化しているわけではなく、

1m程の小型の粘体が無数に出入りを繰り返している。これが巨大な群体に周囲の環境状況を伝えているらしい。



「火炎放射自体は効果が無くても、自分から灼熱地獄の中には踏み込んでいかないでしょう。」


レイが片手を上げると、進行方向に向かって数十mの高さに火の壁が立ち上がった。アスファルトがぐつぐつと音を立てて溶け、

たちまち蒸気化していく。

暫くすると激しい地鳴りの音と共に、地下数千mから駆け上ってきたマグマが、地表に口を開けて裂け目を広げ始めた。

たちまち火口は豊島南部から渋谷にかけてぱっくりと細長い口を開いた。十数mの高さに溶岩がさらに第2の壁を形成する。

溶岩は低地に向かって怪獣の方向へどろどろと流れ始める。それに触れた粘体は跳ね上がってそのまま倒れたり、本体に

逃げ帰っていく。一時的に怪獣の進行は初めて停まった。レイは脂汗を流しながら、必死でその炎を維持しつづけている。


「いいか、アスカ。俺とゲンドウが今からバケモンに一発食らわしてから圧をかける。そこをぶち抜け。」


ラングレーが言い、ゲンドウが肯く。


「うん、わかったわ!パパ!」

「パパ・・・」

「こら、感動してないで準備せんか!いくぞ!」

「よっしゃあっ!」


二人の身体が真っ白に白熱化していく。身体全体を使って念を集中させ、溶岩を滝のように怪獣に注ぎかける。

のたうつ怪獣。バラバラになろうとすると、その亀裂につぎつぎと滾った溶岩が入り込む。


「フ、初めて痛みというものを知ったようだな。」

「さあ、押え込むぞ。・・・・むん!むむむむ。」

「くおおおおおおおっ!」


数十気圧の圧力が化け物の身体にのしかかる。緑色の体液が溢れ、それと溶岩が混じって凄まじい白煙が立ち上る。


アスカはその酸性の白煙の中に立ち、呪文のような言葉をつぶやきつづけていた。

精神力をすべて集中させるための言葉。「魔女」のために代々伝えられてきたラングレー家の秘伝書で憶えたものだ。

バラバラに砕け散って逃げようとする怪獣群体。必死に押さえつけるラングレーとゲンドウの身体が激しく震えている。


「も、もうだめっ!!」


レイの身体がいよいよ持たなくなってくる、火の勢いが弱まり溶岩が黒くなって行く。

崩れ落ちるように倒れると身体が輝き、ユイとキョウコの2人に別れる。

アスカの身体がゆっくりと徐々に徐々に、中空に浮かび上がり始める


「アスカッ、早くしろ!俺もそんなには持たんぞ。」

「ぐ、ぐぐうっ!」


「XXXXXX!!!」


発声不能な、一種の音のようなものをアスカが発する。

空気が緊張し、時空がが歪む。雲が、空が、反転し渦を巻く。

低い、地平の奥から沸き上がってくる音と、高層から落ちてくる超高音がぶつかり合い、響き渡る。


その時、衛星軌道からは雲の流れ全てが東京に向かって、急速に流れ込みそこで次々と消滅していくのが見えたろう。


アスカの身体から、1本、2本、7、8、9、強烈な光が糸を引くように流れ出し、次ぎの瞬間爆発したかのような輝きが

あたりを真っ白に消し去った。


しゅううううう・・・・・・・。


一億のフィラメントが輝いたような光が天を包んだかのように見えた。そして少しずつ、ものの形と、色が戻ってくる。

怪獣のいた場所は、半径100m、深さ50mほどの半球となって抉り取られ、何一つ残さず蒸発していたのだった。









風に舞う木の葉のようにアスカの身体がふわふわと舞い落ちてくる。

その身体を、大人の身体になったツバサがしっかりと受け止めて地上に降り立った。

「さあ、またやりなおしね。私たちはこのくらいじゃ音を上げないわよね、おじいちゃん達!」

「そのとおりだ。」

「さすがは、ワシの孫だ。いうことが、いちいちきまっとる!」

「おれの、孫だ!」


ゲンドウとラングレーはそれぞれの妻を抱きかかえて、ツバサに笑いかけた。




激しい光に動きが止まっていた東京が、何があったか知らぬまま動き始める。

6人の姿は、その場から消え去っていた。









第七話 後編 「りんごの木を植える時」終


Mar.2.2000 公開

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