アスカ!25時

第九話「透明な幸せのかたち」

こめどころ



目覚めると静かな夜だった。夜半から続いていた激しい風が収まっている。

夜なのに真っ白な雲が、驚くほど低空に浮かんでいる。


そっとベッドを抜け出すと、ツバサの部屋のドアを開ける。ふんわりと漂う甘い甘い子供の香り。

ナイトキャップが脱げて、柔らかく編んだ三つ編みが枕で手を振っているように見える。スチームの温度を調節し、

毛布を掛け直すとツバサは何か二言三言つぶやいてまた静かになった。


この部屋からも分厚い雲の切れ目に見える明るく輝くシリウスが、冬の輝きを放っている。

いつものことながら素っ気無く秋が行ってしまうと、まるで昔からそこにいたかのように

しみじみと落ち着いてしまっている冬に気づいて驚いてしまう。

何の感傷も受け付けず、だれのこころも慰めない季節ではあるが、私は厳しい冬が好きだ。


冬は、暖かい季節だ。

誰も夏に温かさを求めはしない。

冬の寒さは、人の心を暖める。


荒涼とした灰色の風景の中にいると、体温と共に諸種の甘やかな白昼夢がよそよそしい風に攫われていってしまって、

心が締め付けられるような寂しさにとらわれる。

だが、その心のもっと奥底には、寂しさと同時に同じ量の温かさが湧き上ってくるようなのだ。


どれほど心の中が乾き、寒々と風が吹きぬけていっても、何もかもがそれに吹き飛ばされてしまっても、

なおそれを思いやるものがあるとすれば、どんな風がそれを攫っていく事が出来るだろう。

それは、寂しさと共に生まれるものだし、寂しさが大きければ大きいほどそれもまた大きいのだ。


気がつくと、ツバサの小さい手が、私の寝間着の袖口をしっかりと握り締めていた。

話そうとすると、薄目を開けて何かつぶやいた。


「なあに?」

「ママと一緒に寝る・・。」


私は、しかたなく、でも少しうれしい気持ちでツバサを抱きかかえるようにベッドに入った。

脇の下に鼻先を押し付けるように潜り込んでくる小さな頭。

その可愛い身体を抱え込みながら、私はまた窓の外を眺める。


冬はまた、広大なひろがりを持つ季節だ。夏には空高く飛翔していた人々の想いが、

冬には水平方向に果てしなく地を覆い尽くすように流れ出て行く。

私の想いもまた、この見える限りの風景の広大無辺のそのまた彼方へと浸み渡るように流れ出ていく。

心はより豊かな想いに自ら満ちようとする。

私は、その健気さが好きだ。


私は日本にやってきて色々なものをこの国から受け取った。家族を失ってから、親戚の人たちの世話になり、

一定の年齢になってからは奨学金を受け、寮で暮らし、一人でなんとかするために頑張った。

大学を出て、国際共通公務員の資格を取って日本にやってきた。夢はいっぱい在ったが一人ぼっちだった。

誰にも心を開けないまま、でもそれと意識しないままで暮らしていた。


私は、寂しい人間なのかもしれないと思う。

けれど例えば目の前に突然落ちてきた木の葉が枝を離れる瞬間に思いをはせる時、突然、見知らぬところで

確かに動いてこの宇宙全体を覆う「時」の存在に気づくように、

あるいはまた、いつも見慣れたビルの谷間のわずかな隙間の先に柔らかな山の緑が常にあった事にある時初めて気づいたように、

その舞い落ちた一枚の木の葉のために、ふと私の想いが日常の枠と私自身を越えていく時がある。


その木の葉が私のシンジだった。シンジにすべてを与えてもらった。

やすらぎも、思い出も、愛する事も、愛される事も。

可愛い娘。私の全てのような娘も。

こうして、胸の中に愛娘を抱きかかえている時。そして、シンジに抱きかかえられている時。

そんな時、私は自由で、女神のように寛大に、自分の寂しさを、優しい気持ちでじっとみつめる事ができる。







そうして、あいつの事も、娘も。

周りの人たちの事も、そのように愛そうと思うのだ。






ありがとう、シンジ。

ありがとう、ツバサ。

ありがとう。私を生んでくれたお父さんお母さん。






ありがとう、神様。













アスカ!25時「透明な幸せのかたち」終


毎回読んでくださってありがとうございます。
アスカ!25時は連載SSではありますが純粋な続き物ではありません。
碇家の日常も色々書いていますし、警察活動も、天才ぶりも魔女ぶりも
書いています。他のこめどころめの作品と同じくはちゃめちゃStoryです。
今回はアスカのモノローグですが、本当は別立ての短編にしようかと思っていました。
ちょっとカラーが違いすぎますからね。
このSSについてはいろいろ思い入れもありますので感想を頂けるとうれしいです。
掲示板にでも結構ですから宜しくお願いいたします。

:こめどころより



 

Mar.4.2000 公開

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