アスカ!25時
第壱拾話 前編 「ツバサ、小学校へ行くこと」
こめどころ
「わああ、いいなあ〜っ。」
皆が歓声を上げる。翼くんがぴかぴかのランドセルを背負って近所の子に見せているのだ。
そのなかにはツバサちゃんも混じっていた。
「えっ?翼くん今年から小学校に行くの?」
「うん、そうだよ。4月からは小学生なんだ。」
ちょっと自慢そうな翼くん。
「わたしは?私は行かないの?」
「ツバサちゃんは、ぼくより一つ下だから来年になったらおいでよね。」
「えーっ!そんなのおかしいよ。かけっこだって、お絵描きだって、字だって、私の方が上手に書けるのにぃ!」
確かにそうです。翼くんも自分でもそう思いましたが、6歳にならないと小学校には行けないのです。
「6つになってないと小学校には行けないんだよ。」
むーっと、ツバサちゃんはむくれます。どうしても納得できない!
「私お父さんに聞いてくる!」
ツバサちゃんは言い捨てると、通りかかったタクシーを止めて、さっさと乗り込んでしまいました。
「桜田門の特捜警察まで行ってください!」
ばたん!ぶううううううーっ!
みんなは、ぽかんとして見送ります。何という行動力でしょう。
「あ・・・と、えーっとこういうときは・・・。」
「た、たいへんだ!ツバサちゃんが勝手にタクシーに乗っていっちゃったあ。」
「早く、アスカお姉さんに知らせなきゃ!」(アスカがいつもオバサンと呼ばせないため、お菓子などで手なずけている成果。)
「私、家のママに知らせてくる!」
クモの子を散らすように走り出す子供たち。
毎度の事で、お友達も緊急対応にはなかなか手慣れているようです。
「はい、お嬢ちゃん、特捜警察に付いたよ。」
ツバサちゃんは玄関で立ち番をしているおまわりさんを呼びます。
「ねえねえ!そこのひとー!」
「え?ほ、本官の事ですか?」
「こんにちは。」
ペコッと頭を下げるツバサちゃん。
「はい、こんにちは。で、何の御用かな?」
「わたし、碇シンジ警部と碇アスカ警部の娘で、碇ツバサといいます。あの、パパに会いに来たんですけどお金が無いの。
お兄ちゃん、貸してもらえませんか?」
可愛く可愛くお願いするツバサちゃん。思わずにっこり笑ってしまう巡査さんでした。
「あ、碇さん達のお嬢さんでいらっしゃいますか。承知いたしました。」
「ありがとうございます。じゃあ、後お願いします。」
ばばっと、タクシーを降りると中に入っていってしまいます。
「可愛い子だなー。」
「ほんとにねえ。」
ぽわんと見送る巡査さんとタクシーの運転手さん。
「あ、いくらですか?」
「えーと、高速代込みで、7980円です。」
「うっ!給料日前なのに・・・。碇さん早く返してくれるかなー。」
若い巡査さんにはちょっと厳しい出費だたようです。
皆が振り返る中、どんどん中へ入っていくツバサちゃん。
「特捜1課1係特務班・・・ここね。あのー、すいませーん!!」
「あらぁ?今、小さい子の声がしなかった?」
がやがやと騒がしい部屋の中でその声に気が付いたのはこの一課課長の加持ミサトだけであった。
「すみませーん、こんにちはーっ!碇シンジはいませんかーっ!」
「カウンターの向こう側かしら?」
ミサトがドアのところまで行くと、金髪の巻毛の頭がちょんと覗いているのが見えた。
「あ、やっぱり!どうしたの、ツバサちゃん。アスカもいっしょなの?」
「あ、ミサトお姉様。いつも父と母がお世話になっております。父と会いたくて来たんですけど。」
「ミ、ミサトお姉様・・・・。ああ、なんて素敵な響きかしら。」
たちまちぽわぽわ〜んとなったミサトはあっさりツバサに篭絡され、応接席にツバサを座らせた。
「ちょっと、青葉君。お茶菓子とジュースかってきて!」
振り返る青葉。
「え?おやあ、かわいいお客さんですねえ。お人形さんみたいだな。この金髪と青い目はもしかしてアスカのとこの?」
「イエース!可愛いでしょう?シンちゃんに用があってきたらしいんだけど。」
「ええ、ぼくはまだ赤ちゃんの時に見ただけだから。こんなに大きくなったんですねえ。ツバサちゃんていいましたっけ?」
「はい、ツバサ−フィオ−碇といいます。どうか宜しくお願いいたします。」
おしゃまに挨拶するツバサ。くるくるの巻毛が零れ落ちるたびに周囲に砂金が飛び散るようだ。
(「ウ、こ、このかわいらしさはこの世のもんじゃないな。」)
たじたじとなる青葉。ちょっとでもロリ入ってるやつは病み付きになるぞ、これは。
ツバサがにっこりすると、注目していた女子警官達が「きゃーっ!!」と声を上げる。「かわいいいーっ!!」
もうこうなると、仕事が手に付かない。部屋中のほとんどの人間が集中して、応接席の周りは黒山の人だかりである。
「なんだあ?この騒ぎは。うるさくて会議にならんなあ。」
顔をしかめる加持。例の謎の海洋怪獣の整理と日本海、相模湾の青およびウラルマフィアの基地探索の重要な会議である。
「あ、僕ちょっと見てきますよ。」
シンジが立ち上がる。渋い顔をして煙草に火を付ける加持。
「すまん、そうしてくれ。どうせまたミサトが厄介事を持ち込んだんだろうけどな・・・。30分休憩にしよう。」
「ミサトさーん、うわ、なんだなんだ。この人の山は。」
「あっ!パパーッ!!」
机の上に立ってぴょんぴょん跳ねているツバサが見えた。
「ツ、ツバサァ???なんでここに!?」
「だからね、おかしいでしょ。翼くんが小学生になれるのに、私は小学生になれないんだよ!」
「それでこの騒ぎか・・・。」
髪をくしゃくしゃとかきむしるシンジ。どうやらミサトと加持の癖が移ったらしい。
「あのね、ツバサの言いたい事は分かるけどこういう事はね決まっていてどうしようもないんだよ。」
「だって、だって、ツバサだって小学校に行きたいんだもん!!翼くんと離れるのはいやなんだもん!」
「あああ、結局はそれか・・・。」
じわあっ、と目に涙がたまってくる。大人達は緊張する。
「あ、あああ。」
「泣くぞ。泣いちゃうぞ。」
「碇さんなんとかしてえっ!ツバサちゃんを泣かさないでぇ!」
ぽろ。涙が一滴。続けてぽろぽろぽろぽろ大粒の涙が青い大きな瞳から続けざまに零れ落ちる。
「きゃああああーん!かわいそうう!ツバサちゃんがかわいそうっ!!」
「なんとかならないんすかっ!碇さん!」
「僕にどうしろって言うんだよお・・・!」
げっそりしているシンジ。こいつは間違いなくアスカの子供なんだ。こうなったらどうしようもないんだよ・・・。
「いや、どうしようもなくもないぞ。」
渋い声が、大騒ぎをしている皆のところに届いた。
全員が声の方を振り返った。加持特捜司令長官がそこにいた。
「現在、教育科学省では義務教育の繰り上げ選択制を準備中だ。そのパイロットスタディイとして、数箇所の
国立小学校で5歳児入学を認める事になっている。そのケーススタディに参加すればいい。」
「そ、それは、どこの小学校でやるんですかっ!」
事がここに及んだら絶対にあきらめないであろうツバサを知っているだけにすがる思いで尋ねるシンジであった。
「たしか、今度新設される、中野の駅前に出来る国立青少年育成センター付属学園の初等教育研究部に・・・。」
ツバサの涙がぴたっと止まり、きらきらと目が輝いた。たたたっと駆け寄ると、加持に飛びついた。
「ありがとう!ありがとうおじさま!」
そして雨のようなキスの嵐。拍手が湧き起こる。
「よかったなあ、ツバサちゃん!」
「おめでとう!」
「いいなあ、加持。」
自分もキスして欲しかったミサトがうらやましそうだ。
「こいつは、俺が稼いだんだ。」
ウインクで返す、加持。
抱きかかえた加持の腕の中で伸び上がって皆に手を振るツバサ。
「みんな、ありがとうーっ!!」
うおおおおおおっ、という声と共にさらに拍手と口笛が大きくなる。
「か、かなわないなあ、ツバサには。」
ぐったりとへたり込むシンジ。散々引っ張りまわされた若いころのアスカを思い出す。
きらきらとした笑顔。どんなことも最後まであきらめない強さ。
それが、色々な人の心を開き、バラバラの力を一つにまとめあげていってしまう。
ばたん!
ドアが開いて、ぴったりしたつなぎのバイクスーツに身を固めたアスカが駆け込んでくる。
「ツバサ!」
息を切らして駆け込んで来たアスカがツバサをぎゅっと抱きしめる。
「だめでしょ!勝手にこんなとこまで来て・・・。」
「ごめんなさあい。」
そんなアスカにミサトが声をかける。
「あ、アスカァ−ッ!ツバサちゃん4月から小学校行く事になったからねえっ。」
「はあっ?小学校?」
話がぜんぜん分かっていないアスカ。特捜一課の人々は、そのアスカのきょとんとした顔をみて、大爆笑。
シンジがもそもそとアスカに一生懸命説明する。
「いいかなあ?ママ。」
ちょっと心配そうなツバサちゃん。
しかし、アスカはツバサを高く抱え上げ、にぱっと笑うと大声で言った。
「よおし!さすがは私の娘!行っちゃえ行っちゃえ小学校!翼くんも一緒に連れてっちゃえ!!」
ツバサの顔がぱあっと明るくなる。
「わああーい!!ママありがとうっ!」
もう一度人々の拍手、拍手、声援、笑い声。ほんとにここは警察であろうか。
その頃、タクシー代を貸した若い警官はしゃがみこんで考えていた。
(「えーと、給料日まで6日あって、残金が1120円だから一日あたりの食費が・・・・。」)
さあ、次回はいよいよ入学式だ!
Mar.8.2000 公開