その犯罪集団は追いつめられていた。次第次第にしまっていく調査の輪。
その組織の幹部二人は大型のリムジンに乗って暫くの間、夜の第2環状高速をぐるぐると回っていた。
「どうだ、ブツを捌いた金は回収できたか。」
ディスプレイを眺めて次々と入って来る情報をまとめていた若い方の男が答えた。
「明日の午後2時までには全てそろいます。」
「ようし、一番大きなシンジケートにはこのショバごと売っぱらう話を進めてるからな。」
でっぷり太ったボスらしき男は腹をゆすって機嫌よさげに笑った。
「そいつあでかい。ここは倉庫の品をかっぱらう他に麻薬の売り上げもでかいですからね。」
「そういうことだ。ただ若い連中は置き去りだがな。」
「ま、あいつらはどこでも生きていけますよ。此処暫くは小遣いもたっぷりやってますしね。」
「退職金代りというわけか。近頃は裏のほうもしっかりしたもんだな。」
「なにしろうちは、健康保険にだって入ってましたからね。」
「情けねえ話だな。俺達が若い頃には・・・・。」
「これも時節柄というやつです。」
若頭らしき男は首を振りながらため息をついた。
「さて、そろそろ出むくとするか。先方がお待ちかねだろう。おいマリー、今何時だ。」
「9時よ。日比谷。第6桟橋でいいのね。」
「あいかわらずドライバーに自分の女を使ってるのか。おかしなやつだな。」
「今時は男より女のほうがずっと頼りになります。金さえ払えば仕事はしっかりやるし口も堅い。
第一、警察も女にはなかなか捜査の手を伸ばしてこない。その上余った時間は・・・へへへ。」
「はははは、しっかりしてやがる。約束の時間は9時半だ。たのむぞ。」
待ち合わせの場所に現れた相手の集団はこちらを確認するとゆっくり車を寄せてきた。
車を降り、マリーがボスの顔に小型ライトを当てる。
向こうでもボスの顔をライトで照らしている。
「よし、確かに間違いはねえ。」
ゆっくりと互いに近づく。
「手短に話を進めようか。最初のブツ20kgとショバの権利で500万ドル。いいな。」
「そういう事だ。裏書きは関西のSYDシンジケートが保証してくれる。」
「いいだろう。その代わりに売り上げの5%をSYDに支払うという事だな。」
マリーが合成麻薬20kgの入ったトランクを渡す。女性にしてはたいした力だ。相手も目を丸くしている。
「カラじゃねえだろうな。改めさせてもらうぜ。」
「いくらでもやってくれ。」
トランクを開き、その袋から僅かな量を採取し、後ろに控えていた部下が分析溶液に溶いて試験紙につける。
「MDMA,MDA,類似化合物とmeprobamate,MMN,STB・・・biotransformationnoisyu・・・本物です。」
「うちの最高の売れ筋商品だ。組成と処方組み合わせは最後の入金時に通知する。エンゼルダストの一種だよ。」
「うわさは聞いている。結構な商品らしいな。」
「では、手付けを貰っていこうか。」
相手の男があごをしゃくると、アタッシュケースに詰め込まれた旧ドル札が差し出された。」
「20万ドル入っている。足のつかない古札なんでな、これしか入らなかった。」
「よかろう。ではそういうことでな。」
互いのボスが手を握り合いケースが交換された。周りの子分達の間に安堵の息が漏れる。
「そこまでだ。全員逮捕する。」
マリーが2人のボスの手首を掴み、そのまま逆手に二人を投げつけた。瞬間二人の手首の骨が折れている。
異様な声を上げて転がる二人のボス。ばさばさと麻薬とドル紙幣がコンクリートの上に落ちる。
「てっ、てめえ、マリー!!察に寝返ったな!!」
抜撃ちにマリーに拳銃を発射する日比谷。マリーの身体は残像を残すように消える。
ガシャッ!ガシャガシャッ!
探査燈がシンジケートの面々を明るく照らし出す。周囲はいつのまにかすっかり警官隊に包囲されていた。
「特捜だ!抵抗は無駄だぞ!」
青葉の声が夜の港湾に響き渡る。
「ちっ、これじゃ動けねえ。」
とたんに日比谷は車に飛び乗り、バックギアに入れたまま猛スピードで後ろに回った車に物凄い勢いでぶつけた。
ぐわしゃああっ!
激しい音を立てて相手の車はひっくり返る。
急ハンドルを切ったリムジンのボンネットにバン!と音を立てて何かが落ちてきた。
「てっ、てめえ、マリーッ!!」
にやりと笑ったマリーは拳銃を瞬時に構えて発射した。
バ、バババン!!
真っ白になったフロントグラス。飛び込んできた一発が日比谷の肩口を撃ち抜いた。
「くそおおっ!」
吠えたまま、日比谷の車は横転した。ドアがあき引きずり出されるとガソリンの匂いが猛烈に漂う。
ばちばちと電気系がショートしている。一呼吸追いて車は火に包まれた。日比谷は呆然とそれを眺めていた。
追突させた時にガソリンタンクが割れていたのか・・。あのまま逃げていたら今ごろはお陀仏か。
「あんたあああっ。」
マリーの声がして、どしっとすがり付かれた。
「お、おまえ、マリーか・・・。」
「ごめんよう。あんたに捨てられるのが怖くて・・・警察が悪い様にしないって・・・ごめんよう。」
激しく泣きじゃくるマリー。
「じゃあ、じゃあ、あんたは誰なんだ。そこに立っているマリーは。」
激しい炎の明かりの中。そのマリーは顔をばりばりと引き毟って髪を振りほどいた。
夜目にも鮮やかな輝く黄金の髪。輝く瞳には真っ赤な炎が映し出されていた。
「マリー」は、さっきまでとはまったく違う声で日比谷に向かって口を開いた。
「マリーは、あんたの子を身ごもっている。何故あんたを裏切ったかというとあんたは今夜ボスに殺される事になっていたからだ。」
「おれが・・・ボスに・・・?!」
「ボスは海外から麻薬の処方をして食っていける。あんたは邪魔になったのさ。それを知ったマリーが私のところに駆け込んできたという訳だ。
だが・・・ここから先はあんたが決める事だ。」
「マリー」はきびすを返して歩き始めた。警官が駆けつける。日比谷はいつまでも、2人目のマリーの後を見送っていた。
アスカ!25時
アスカ!25時 第壱拾話 後編
「ツバサ、小学校にいく事」
こめどころ
次の日、アスカは朝4時に起きた。
「うううう〜っ!ねむいよおっ。」
今日は碇家の一人娘ツバサ嬢の小学校入学式である。
本当は昨日のうちに全ての準備は終了しているはずであったが、思ったより事件の後始末が長引いた。
帰ってきたのは夜中の2時すぎ。ツバサはとっくの昔に眠ってしまっていた。
ずるずると蛇のように寝床を抜け出す。
洗面台に立つ。ひどい顔だ。
「むわー、ひゅどいかを〜。だいなしだなぁこれじゃ・・・。」
歯を磨き、ざぶざぶと顔を洗った後、すっぱりと何もかも脱ぎ捨てて熱いシャワーを浴びる。やっと頭が動き出した。
大急ぎで、アスカ自身の服とシンジの服とツバサの服を取り揃える。
ツバサのは新品だからいいとして、問題は自分達の服だ。この時代クリーニング店などの人手の要るサービス業は
殆ど無くなってしまっている。なんといってもサードインパクト以降、むちゃくちゃな人手不足なのだ。
家庭の洗濯機でドライクリーニング可能な、高性能洗剤が出回っている。洗濯機自体も大変性能が上がっている。
但し洗う時間までは遺憾ともし難い。
ぐわぐわと洗濯機が回っている間に自分のブラウスやシンジのワイシャツにアイロンをかけ、ネクタイや、リボンを選ぶ。
5時を過ぎると、やはり明け方になってからやっと家に帰ってきたシンジがずるずると2匹目の大蛇になってアスカの前を通りすぎる。
そのまま浴室に消えたかと思うと中からシャワーの音。夫婦は段々似ていくようで。
ちーん!
ご飯が炊けたと炊飯器が呼んでいる。立ち上がったアスカは猛然と朝食を作り始める。碇家の朝食は重い。なんといってもからだが資本の
特務捜査官夫婦である。朝から盛大に厚さ2センチのビーフステーキとコーンポタージュである。
もやしとキャベツとオニオン、グリーンアスパラ、キャロットを炒め、でかいお皿に次々と料理が並んでいく。ミルクもどーんと1.5Lパックが出る。
シンジが出てこない。手伝って欲しいのに!
バスルームの扉を開けると、お湯にうたれながらシンジがねこけている。物も言わずにいきなりカランの温度設定を15度にして戸を閉める。
シンジの悲鳴がバスルームに響き渡ったのを確認してすばやく洗濯機のふたを開ける。今度はアスカが悲鳴をあげる。
「きゃあああああっ!!」
「どうしたのアスカッ!」
飛び出てくるシンジ。
「あああ〜、設定間違えちゃった。ドライを水洗いしちゃったああ。」
「ええええ〜〜〜〜っ!!」
シンジの背広もアスカのスーツもよれよれである。しかもシンジのは破けている。
どよんとした顔で二人が食堂に戻るとツバサが起きてきていた。
「おはよう、パパ、ママ。昨日は二人とも遅かったのね。」
「ごめんねツバサ。ママがもう少ししっかりしていれば・・・あんたの入学式にいけなくなっちゃった。だって服が無いんですもの。」
ぽろぽろと泣きながらツバサを抱きしめる。
「あっ、そうだ。パパとママに見せるものあるんだっけ。」
自分の部屋に駆け込んで、大きな箱を抱えてくるツバサちゃん。
「ねえ、見て見て。」
「なあにこれは。」
開けてみてびっくり。なかにはフランスの超高級スーツ、クルスベルシュ・アスジャータの一揃いが入っていたのだ。
「靴もおそろいで用意したんだよ。」
シンジにはやはりイギリスの有名テーラー3rd.St.の、シンガーバークの三つ揃い。タイはランディーフォステ、靴はリーガルレギュラー。
「ここここ・・・これはいったいどうしたの???!!!」
「あのね、ママもパパもいつもすごくお仕事忙しいでしょ。大変なのに一生懸命お仕事しても誰も誉めてくれないよね。
でもそんなパパとママが、ツバサは大好きなの。いつも私のわがまま聞いてくれて、可愛がってくれて。
ツバサ、とっても幸せだよ。今度の事だって、私の勝手で早く小学校行くんだもの。世界一のパパとママに私から何かプレゼントしたかったの。
サイズや何かは前のスーツから測って、インターネットで洋服屋さんに聞きながら送ったの。
私のパパとママは世界一だよ。受け取ってください。それから、ありがとう!」
シンジとアスカは、ぽろぽろ涙を流しながらツバサの言う事を聞いていた。
いつのまにか後ろに立っていたゲンドウも、ラングレーも、レイも泣いていた。
最高の娘を、最高の孫を私たちは持っていると、皆が思っていた。
「最高だわ、さすがは私の娘だわ!!世界一の娘だわ!」
アスカはツバサを抱き上げて盛大にキスをした。シンジが次に受け取って、まだ目を潤ませながらツバサを抱きしめた。
「パ、パ、ちょっと痛い・・・よ。」
「あ、ごめんごめん。ありがとうぼくの小さなお姫様。」
「むーっ、わたしは?」
「アスカは、大きなお姫様さ。」
にっこり笑ったシンジの笑顔にツバサもアスカもぽわんとなったところで時計がなった。
大急ぎで食事を済ませ、服を着込んで、三人は「上からしたまでぴっかぴか」の格好で途中で翼くん一家と合流して駅に向かった。
駅前交番のマコト巡査部長が大声で挨拶をしてくれたのに、3人でびしっと答礼する。周りの人が一斉に振りかえる。
翼くん一家が笑い出す。
中野駅で電車を降り、小学校に向かう。翼くんとツバサちゃんは手をつないで学校に向かって走り始める。
サードインパクトが終わった時に植えられた桜の木が見事な桜並木になって大通りにアーチをかけている。
真っ白な新しいぴかぴかの小学校。そこの第1期生になるのだ。
アスカとシンジ。
「何でも一番はいいことよね!」
「ま、まあね。」
ツバサちゃんと翼くん。
「いい?一緒に一年生になるんですからね。兄貴風吹かせないのよ。」
「ちぇっ、せっかくツバサちゃんに差を付けられると思ったのにな。」
翼くんのお母さんとお父さん。
「あの子達ほんとに仲良しなのねえ。」
「しかし・・・尻に引かれるのが確定しているような・・・。」
入学式がはじまった。優しそうな校長先生がいう。
「それでは、いまからみなさんのお名前をお呼びしますよ。呼ばれたら大きな声でお返事してくださいね!」
後ろの席のお父さんお母さん達、先生達が目を細めている。それほどここの一年生達は可愛かった。
皆の目には見えないが、ゲンドウ、ラングレー、レイたちもきちんと正装して列席している。
「ううう。」
おじいちゃん二人は涙が止まらない。レイはそれを見てくすくす笑っている。
「なんです、いい年して、ツバサはここからはじまるんですよ!しっかり見なくちゃね。」
「一年一組一番。碇ツバサちゃん!」
「はぁいっ!」
金髪と青い目をきらきらさせた女の子が飛び上がった。
アスカ!25時「ツバサ、小学校にいく事」終
Mar.10.2000 公開