星の彼方に見た夢は

第壱話 「はじまりのはじまり(2)






まったく突然に、知り合った少女、アスカ。




こうして見ていると、人間とどこも変わり無い。何の目的で、一体どこからどうやってやってきたのか。

勢いでデートをしてくれなんて頼みをしたけれど、考えてみれば大変な事だ。なにせ彼女は宇宙人なのだから。


僕はアスカの奇麗な横顔をちらちらと盗み見しながらいろいろな事を考えていた。



「ああ〜っ、やっぱり星の上はいいわねえ!」


森林公園を歩きながらアスカは思いきり伸びをする。

落ち葉を両手ですくいあげてその匂いをかいだり、木の幹にしがみついてじっとその中を流れる樹液の音を聞いたりする。

木の葉のざわめきに耳を澄まし、木漏れ日に目を細める。僕にとっては当たり前にそこにあるものをアスカは愛おしく思うようだ。

ここはほんの10年前、「大変動」が起きたあとの最悪の時期にはがれきの山だったと小学校で習った。


だけど、「大変動」の後でこのあたりを復興させようという時に、この街の人たちはそれ以前のビル街ではなく,美しい自然と混住する

事を選んだ。居住地域は区画の2割に抑え、道路に3割、残りは原則として森や草原、芝生、立ち入り禁止の自然林地区をつくった。

だから今この第3新東京は森と草原の中に住宅と公共施設がぽつぽつとあって、清らかな川が流れ、小魚や蛍、りすやうさぎや小鳥を

いつも見る事の出来るグリーンオフィスシティになっている。おかげで僕らはやすらぎと自然の街ってやつで暮らす事が出来る。

無機的なビル街は街の中心部の超高層ビルと大深度地下街に飲み込まれていてあまり目に付かない。そこは一種のシンボル的な

場所であって、地方政府の議会や、大学や国家機関の管理施設、裁判所や警察の本庁、巨大な科学博物館などが集中している。

つまり、地上はちょっとした田舎の果樹・牧畜地帯のような感じにしつらえてあるわけだ。


小高い丘の上にある僕らの学園、市立小学校、中学校、高校が目立つくらいだろうか。そこからは広々とした地平線が見渡せる。

まあ、こんな贅沢が出来るのも、人口が「大変動」以前の3割に満たず、その上、移動手段の高速化で都市への人口や企業体の集中が

無くなったせいなんだけどね。生産能力にはいくらでも余裕があり、生産性向上推進とやらで、ネット上の業務も促進されているため、

在宅勤務も飛躍的に増えている。このため通勤時間も無くなり、巨大なオフィスも以前よりは不必要にはなってはいる。

全ての規制は「大変動」で吹き飛び、日本企業の優秀性は飛躍的に伸びた。新規格の人工頭脳MAGIの発売が世界を席巻していく。

電気計算機から、真の人工頭脳へ。強力なジャパンマネーもこれらの改善から時代の波に乗って健在であり、社会は豊かだった。

僕らは史上もっとも恵まれた子供たちという表現で呼ばれる事も多い。

いわく、「エデン−チルドレン」。

豊かかどうかに関わりなく、世代にはその世代の悩みがある事を何故すぐに人は忘れてしまうのだろう。





僕とアスカは、緩い丘と谷が続く森林地帯を抜けて芝生公園が続く地区をのんびり歩いていた。



「ねえ。シンジは考えたりしてみた事があるかなあ、宇宙を一人で航海することを。」


アスカは僕の前に出て振り返り、後ろ向きに歩きながら話し始めた。


「僕なんかには想像もつかない事だけどね。でもこの上の丘ではよく友達達と輪になって寝転がって観測会をやるんだよ。」

「観測会・・・。星を眺めるのね。」

「そう。冬は寝袋に入って。夏はタオルケットをかけてね・・・。仰向けに寝て、星を見ながらいろいろな事を話し合うんだ。

星を眺めるのはいいな。自分がこの星空をどこまでも進んでいったらどこにつくのか知りたいと思うよ。」


そうだ。普段人と話す事が苦手な僕が星を眺めながらだといろいろな事が話せるんだ。

なぜだかその時だけは心を開く事が出来る。

満天の星空の下で、仰向けに寝転がって空を眺めているとどこまでもどこまでもこのまま飛んでいきそうになる。

そして吸い上げられた僕は、今度はその星のるつぼの中に投げ込まれてどこまでも落ちていく。


「ねえ、アスカ。星の中を飛んで行く時は、その星空の中に落ちていくような気がする事がある?」

「そういうこともあるかな。はるか彼方で逆巻く銀河の渦、炎と燃える巨大な天体。突き進む巨大な彗星。」


小さな切り株や地面に顔を出した根を、後ろ向きのまま避けて歩きながらアスカは微笑んだ。



「行ってみる?シンジ。」

「え?」

「私と一緒に宇宙に行く?」


宇宙。この現実離れした言葉が、いま僕の手の届くところで美しい少女によって差し出されている。

息がかかるほど近くに顔を寄せて彼女は言った。


「私といっしょに。時空を超えてどこまでも宇宙を翔ぶ?」



アスカの身体が、所々透き通っているように見える。体の向こう側の景色が揺らいでいるのだ。

子供たちが、僕らの横を笑いながら走りぬけていく。

その最後の子供の持っていたボールがアスカの身体を通り過ぎる。

はっとして、アスカの目を見る。アスカは微笑んだまま僕に向かってその白い手を差しだした。


「行こう、シンジ。私待ってた。ずっと待っていたのよ。あなたと旅立てる日を。」



僕の後ろからやってきた自転車が見える。

その自転車が僕の身体を通過し、アスカの身体をつきぬけていく。

青い空の上に、輝く星々が鮮やかに見える。

はるか彼方に浮かぶ銀河、その銀河の逆巻きまでがはっきりと見えるのだ。


「これは・・・?」

「それは200万光年の彼方までを見る事の出来る超長距離観測システム。そして私たちの身体は既に時空の揺らぎの中にある。」


アスカの声が僕の頭の中に響く。

その事に何の違和感も感じない。驚く事もない。そうだ、そういう事を僕は知っていたのかもしれない。


「行くんじゃない!」




突然、飛び込んでくる否定のイメージに、僕の心が弾き飛ばされた!


「わあっ!!」


僕は川縁の柳の根元に叩き付けられた。

とっさにアスカは僕に駆け寄ると身体を抱きかかえて飛び上がった。

金色の細い糸のような輝きが天空から幾筋も降り注いでくる。

空気が振動しているのを感じる。何かが、巨大な物が天空からのしかかってきているのだ。


「シンジ君を離せっ!!」


叫び声と共に誰かがアスカに体当たりをした。


「あっ!!」


ミシッといやな音がして、悲鳴と共にアスカが顔を歪める。だが、僕を抱く手を緩めようとはしない。

そこに、さらに2回目の金色の糸が降り注いだ。アスカの身体にポツポツと幾つもの黒い穴が穿たれる。


「あ、ああうっ!!」

「アスカァッ!!」


ブンッ。


シンジの目に映る景色が激しく揺らいだと思うと、二人はどこかに激しく投げ出された。


「こ・・・ここは?」


きょろきょろと周りを見回す。この間のアスカの船・・・だったんだと思うけど、あそこともまた違う・・・感じがした。


「う・・・・。」


アスカがうめいた。白いベストが真っ赤に染まっている。素人目にもひどい怪我を負った事が分かる。


「アスカ!アスカ!大丈夫かいっ?!」


肩の上に2つ。胸に2つ。膝にひとつ。指が楽に入るほどの大穴があいている。

肩から胸にかけて何かを高速で撃ち込まれ、それが身体を貫通したのだろう。

その一つが足にも当たったのだ。そこからものすごい量の血が湧き上がってくる。

一体どうすれば良いんだ。このままではアスカは間違いなく死んでしまう。


「大、丈夫。シンジ。・・・・このくらいの傷は・・・・。」

「このくらいの傷って、すごい怪我だよっ。」

「大丈夫、ポッドを・・・出して。」

「ポッド・・・培養ポッド・・・・。」


丸い形のケースが頭に浮かんだ。そのとたんにそれはそこに現れた。

アスカはそれを見て荒れた呼吸の中でにっこり微笑んだ。


「私を、中に入れてちょうだい。」


「この中に?」


ポッドの上半分が消え、口を開くと同時に、ポッド内は金色の溶液に満たされた。

シンジが血まみれのアスカを抱え上げようとすると、全ての着衣が霧のように消えさる。


「わああああっ。」


真っ赤になって、うろたえながら、やっとの思いでアスカをポッドの水溶液の中に浸す。

血が煙るように液の中を漂っていく。


「シンジ・・・。ポッドの、ふたを、閉めて。」


切れ切れな声でアスカが言う。もう、限界に近いのだろうか。僕はポッド、ポッドと馬鹿みたいに口の中で繰り返す。

蓋を閉めるのは・・・丸いポッドの形をちらと思い浮かべるとポッドに蓋が現われ、見る見るうちに全てが溶液で満たされた。

丸まっていたアスカが、身体を開いてポッドの中に浮かび上がった。穿たれた穴から大量の泡が立ち上っているのが見える。

シンジはほっとして崩れるように腰を床に下ろす。


「一体ここはどこなんだ・・・。」


だだっ広い暗い空間の中で、シンジはため息をついた。外はどうなっているんだろう。

さっきアスカを攻撃してきたやつはまだ外にいるのだろうか。僕を止めようとした声あれは一体誰だったんだろう。

どこかで聞いた声だったような気がする。


ごろんと、寝転がる。仰向けになって上を見上げる。ちかちかと小さな明かりが所々で明滅している。

まるで、星空のようだ。部屋の中の星空。星空・・・。この、身体から湧き上がってくるような懐かしさはなんだろう。

その夜空が滲んで、歪む。


気がつくと、僕の両方の目から涙が流れ出ていた。


あれ・・・?なんだ?


僕はあわてて袖口で目をこする。







アスカは溶液の中で泡に包まれて眠っていた。傷はもうすっかりふさがっていたのでほっとする。

ちょっと目のやり場に困ったけれど、あんな大きな傷がほんの30分もしないうちにふさがってしまうなんて驚きだった。

ポッドが赤く点滅する。金色の溶液がどこかに吸い出されると、ポッドの蓋が消えた。


「アスカ!大丈夫っ。アスカ!目を開けてっ。」」


僕は駆け寄ってアスカを抱き起こし、軽く彼女を揺さぶった。

濡れたままの蜜色の髪からぽたぽたと水溶液がこぼれて僕の服を濡らす。

長いまつげの下からゆっくりと深い青の瞳が現れた。アスカは手を伸ばして僕の首に置くと、そっと手繰り寄せた。


「シンジの船で目を醒ますのなんて、随分ひさしぶりね。」

「ぼくの・・・船?」

「そう。あなたの船。あなたの認識No.はインセクター0001・・・。」

「そして私はインセクター0002−ASUKA。数万隻に及ぶ私達の艦隊の最後の2隻。あなたと共に旅をするもの。」


アスカの唇が僕の唇に重ねられる。冷え切った、冷たいくちづけ。濡れた身体が僕の身体を引き寄せ、きつくだきしめる。

頭がくらくらするような衝撃。濡れたままの白い肢体が脳髄に突き刺さる感じだった。

その時、僕の頭の中に直接何かのヴィジョンが浮かび上がってきた。






何かの記憶が、僕の中で戻りかけていた。











星の彼方に見た夢は「はじまりのはじまり2」終




Mar.15.2000 公開

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