それは、遥か遥かな昔の記憶。もう、その太陽系がどこにあったのかも分からないほど遠くまでやって来てしまった。
星が生まれ、星が死んでいく、暗黒の濁流を越え光も届かない宇宙の果てのむこうに、この旅の基点はあった。
もう既にその記憶を裏付ける星のかけらも残ってはいないかもしれない。アスカとシンジの初めの出会いがあった宇宙。





星の彼方に見た夢は

第壱話 「はじまりのはじまり(3)





その前日、シンジは長い研修期間と軍務支援実地訓練期間を終了し翌1300よりのインセクターパイロット着任を命じられた。
翌、900AM。軍司令部より、軍管宇宙センターに出頭を命じられ、軍、差し回しの公用車にて官舎より軍港に向かった。

シンジの眼前に更に巨大な構築物が現れてきた。いや、それは構築物というよりは、変態前の昆虫の幼虫が一塊の山に変容
したかのように見える。事実、その巨魁はうぞうぞと蠢いている。そして、その下腹部に抱え込んだ光の固まりの明滅が、今にも
破裂しそうなほどの膨大なエネルギーによって起きている事は見るものが見れば明らかであったろう。近くに停車してその山塊
に莫大な量の水を送り込んでいる、全長200mのタンクカーがこの位置から見ると、まるで抱き上げられた子猫くらいの大きさに
しか見えないほど、そのバイオシップの巨大さは、周囲の巨大建造物の中で見ても抜きんでていた。

最新型の高速宇宙船 。装甲インセクタースペースバイオシップ。

これだけの質量を楽々と2Gほどの加速で、衛星軌道上まで運び上げる宇宙船を乗りこなすのは、パイロットとして抜群の適性を
持つ事はもちろんではあったが、この山のような昆虫の幼生と同調できるだけの精神力と個々の船との共感性、超感覚ともいえる
ものが必要であった。そのための適性は数千万人に一人とも数億人に一人とも言われ、軍は血眼になってその適性者を探索して
いた。宇宙船乗りは畏敬の念を込めて、その有機合成バイオシップのパイロットをインセクティバーと呼ぶのだった。

シンジは管制塔ビルの12階にある士官室にむかう。紫外線防護服を脱ぎ小脇に抱える。宇宙船上級士官の漆黒に金の縁取りの制服。
士官室のドアが開く。中には5人の士官と2人の上級指揮官が待ち構えていた。背筋を伸ばし、踵を鳴らして敬礼。着任申告を行う。


「シンジ・ユリアス・イカリ中尉。本日1300をもって、インセクター0001の特務パイロットを拝命、ただいま着任致しました!」
「出頭ご苦労。本艦隊は貴官を歓迎する。私は第3特務艦隊提督アシュラ・F・ストライカーである。」


アシュラ・ストライカーがシンジに答礼をした調度その時、再び士官室の扉が開いた。振り返った士官達の口から、思わず驚きの声が
漏れた。女性士官であった。上級女性士官用の深紅の軍服。肩と背で豪奢なまでに波打ち輝く金髪、凛々しく引き締まった口元に血の
ように赤い唇。深い湖水を思わせる真っ青な瞳の鮮烈なまでの美しさ。一瞬、彼女の目は室内にいる人間に視線を走らせた。シンジの
視線とアスカの視線が絡み合う。が、次の瞬間にはそれは離れていた。


「アスカ・ソーリュー・ラングレー中尉。本日1300をもって、インセクター0002特務パイロットを拝命。着任いたしましたっ!」


凛とした、アルトの声が印象的な少女であった。装甲有機合成戦闘艦のパイロットは若い。幼いといった方がより近い表現であったかも
しれない。シンジ自身もまだ17歳に過ぎない。その少年の心にも強烈な印象を残すほど、この女性士官の容貌は華やかであった。
しかしそれ以上に少年にとって印象的であったのは視線が絡んだ瞬間の少女の複雑な目の色であった。青い瞳の中から切ないほどに、
また激しく、語り掛けてくるなにか。それが何かをすぐに理解できるほどには少年はまだ人生を長く生きてはいなかった。


「2番艦のインセクティバーか・・・。」


シンジはその印象的な少女をどこかで見たような気がしたが思い出せなかった。申告が済むとそのパイロットと再び視線がぶつかった。
少女は申告を済ませた興奮のせいか、僅かに頬を紅潮させ、自分の顔を再び見つめたように思えた。シンジは同期としての連帯感から
肯いて微笑んだ。少女は瞬間うろたえたような表情をになり、すぐにきりっとした軍人の顔に戻り隊列に加わったままもう2度とこちらを
見なかった。その後にも3人の士官を迎えて拝命申告があった。短い訓令があり各自の所属割があり、すぐに解散となった。少女と少年
は、それぞれの艦の航海士やキャプテンに迎えられて部屋をどやどやと出ていったのでそれきり互いの顔を見ることはなかった。

三時間後。彼らは各自の乗船艦に分かれ、数隻の装甲有機合成宇宙艦インセクター、直衛艦隊数百隻と共に地球を後にした。衛星軌道
にはさらに5000隻の地球防衛宇宙艦隊が終結していた。それと共に新たな進路を取る。火星軌道には、内宇宙艦隊15000隻が待ち構え
ていた。このインセクターが就航するまでの最強の艦が綺羅星のごとくに配備されている。さらに艦隊は冥王星軌道にて外宇宙艦隊の主
力部隊12000隻と合流。この艦隊には加速性の優れた小型宇宙艦200隻を積み込める、母艦型宇宙船2000隻が配置され、球状の分布
隊形で太陽系を包み込むように配置されている。太陽系艦隊を形成する、文字どおりの主力艦隊であった。これだけの艦数が集中しても
まだ全てではなく、連絡艦隊や偵察艦隊。宇宙ステーションに依る小規模艦隊が最低限残されている。だが今回その艦隊からも戦力に
なるものは自動監視システムに後を託し後程合流をする手配となっていた。ハイパージャンプを繰り返し、亜光速航行を限界まで行って、
これら全ての艦船がここまでやって来て終結するのに、地球を出発してから、既に2ヶ月を要していた。海王星軌道上、旗艦エンタープライズ
・ミッドガルド大会議場に改めて地球、内宇宙、外宇宙、3宇宙軍の主な士官5000名余が集合。さらにハイパービジョン同時中継で、遠方
艦隊の士官も参加して、今作戦上重要な会議が開かれようとしていた。


「エイリアンとの交戦状況はどうか、説明を求める。」


アシュラ提督が外宇宙艦隊司令、ミグディラントにたずねる。


「まず、率直に申し上げて我々の既存の武器ではまったく歯が立ちません。報告した通り熱核弾のみが唯一の抗戦手段です。しかも・・・」


司令官は苦しそうな顔をして続けた。


「誘導弾が一切使えません。敵の誘導性能がはるかに高性能であるため、途中で自爆もしくは逆送させられてしまうのです。」

「それで、成果を上げたのが唯一あの手段か。」

「さようです。憂国の心のあまり一個分隊艦船8隻の艦隊が敵の母集団に特攻を敢行。敵の全ての攻撃を艦自体の質量で防御しつつ、ついに
船腹の熱核弾ごと自爆する事で敵艦隊30数隻の殲滅に攻撃に成功いたしました。」


大会議場は咳一つなく静まり返っている。機関の微かな振動音のみがかすかに聞こえる。


「地球に高速通信でこの手段をお伝えして以来、全ての攻撃手段をコンピューターの思い付く限りを執行致しました。我々外宇宙艦隊は元の
構成艦隊数の1/3を既に割り込むまで来ましたが、全ての作戦は徒労に終わりました。どうしても敵艦のバリアーを突破できないのです。
唯一の手段は分艦隊によるギガ級熱核弾と共に体当たり。これだけでありました。」



この時人類は正体不明の異星勢力との交戦状態にあった。シリウスを初めとする地球の外洋植民星はすべて全滅。最後の一人にいたるまで
徹底的に殺戮された。敵は地球人だけを徹底的に除去しようという目的で動いていた。異星人のその行動の理由は何か、それは不明であった。
ただ確実なのはこの敵を殲滅しなければ、間違いなく種としての人類は、この宇宙から駆逐されるだろうという事である。全ての位相差ゲートを
対艦大型熱核地雷で封鎖し時間を稼いだ。禁断の兵器。はるか昔の封印された兵器、熱核爆弾。これによって人類が滅びるといわれた悪魔
の武器。この兵器だけが人類を守る最後の砦になるとは、何と言う歴史の皮肉であったろう。理論的にはどんな大型の破壊力も持たせることが
できる。宇宙戦においての破壊規模は数ギガに及ぶ。その爆心の温度は2億度〜3億度。どのような防御機械もも至近でのこの爆発力を防ぐ
ことはできない。当面の敵正面艦隊は約3000隻。後詰めの艦隊がどのくらいいるのかはわからない。謎の敵性異星軍が亜光速で地球に向か
ったとして約2年。これが人類に残された時間。だがその時間は余りにも僅かなものに過ぎなかった。この冥王星に終結した地球、太陽系の
全艦隊は人類が生き抜く事だけを目的に限りない消耗戦に突入せざるを得なかった。残る仕事は一つ。1隻あたりの敵に対し、何隻で攻撃する
のがもっとも効率よく敵を道連れに死ねるか、という事であった。

過去にはるか彼方の星の遺跡から発見された有機合成バイオ戦闘艦インセクター。このまだ使いこなせるかどうかもわからない最新鋭艦までも
が、この決戦を前に数隻が就航し、ためらいなく軍に投入された。





シンジは、特務パイロットとしてインセクター0001の艦橋の真下に艦長と並んで個室を与えられていた。第3艦隊は海王星軌道に分布したまま
停止していた。ピケットライン上の護衛艦隊だけが盛んに動きまわっている。残りの艦は補助機関を起動させただけでつかの間の休憩をとっている。
各個室や、食堂等には大きくバーチャルスクリーンが開かれ、外界の宇宙空間を眺める事が出来る。

「装甲有機合成バイオシップ、インセクター0001。インセクティバー、イカリ・ユリアス・シンジ中尉・・・か。」

シンジの父母はシリウス星系で地質学の研究をしていた。3年前突然外宇宙の植民星を襲ったエイリアンの無差別殺戮。シンジはたまたま地球の
高校を志望していたため、祖父母の家に下宿して夏休みのゼミに通っていた。その為偶然難を逃れた。インセクティバーとしてのDNA適性が認めら
れた際、軍を志願した動機は単純なものであった。父母の仇を討ち、地球人類を救いたい。その事以外を考える事無く、ここまでやってきた。

「しかし、僕はここで死ぬ。そして、人類も滅びる。人間の痕跡はこの宇宙から消え去る・・・。」

シンジの脳裏を、士官控えで会ったあの印象的な金髪碧眼の少女の姿がよぎった。





同じころ、インセクター0002にて。

「アスカ、いいかね。」

アスカは、アストロノーツ養成の教官であり、何よりも自分を熱心にスカウトしていた人物、このインセクター弐番艦の艦長に声をかけられた。

「うん。艦長。」
「あれほど、地球を離れる事を拒んでいた君が、何故急にパイロットになる事に同意したんだ?私も最後に好奇心を満足させてから死にたくてね。」
「たいした理由じゃないのよ。母の希望だったの。私は、本当は最後までお母さんと一緒にいたかった。だけど、ここで私が行けば、お母さんは生き
残れるかもって思っただけよ。」



1年ほど前のことがアスカの脳裏に甦る。


・・・・「アスカ、おまえは宇宙におゆき。何回も熱心に誘ってくださる、あの艦長さんのところへお行き。」


アスカは母親のベッドの側で珍しく手に入った花をガラスビンに刺していた。


「ママ、私は今のままでいいの。今まで二人で生きてきたじゃないの。エイリアンがどれほどの戦力を持っているか分からない以上、
生きて帰れるかどうかはわからないわ。それなら私はここでママを守らなくちゃ。」


自分の側に顔を寄せて来たアスカに母はやつれ果てた腕を伸ばした。アスカの髪を撫でながら言った。


「アスカ。苦労ばかりかけて・・・。お父さんが死んでから私はおまえの荷物にしかならなかった。」

「そんな、そんな事言わないで。」

「私は知っているのよ。おまえ、インセクティバーになりたいんでしょう?」

「誰が、何であんなグロなものに・・・。」


口篭もりながら否定するアスカ。


「シンジ君、インセクティバーになったんだろう?先月のテレビの発表を、おまえじっと見詰めていたじゃないの。」

「あんなの・・・昔の知り合いがいたから見てただけよ。」

「ママに嘘は通じないわよ、アスカ。最後にママらしい事をさせて頂戴。」

「ママ・・・・。」

「行かないと、後悔するわよ。女の子は女の子らしく、恋に命を懸けなさい。」


微笑む母の腕に、バラバラっと涙が落ちた。アスカは顔をくしゃくしゃにしていた。


「あらあら、子供みたいに・・・。行ってらっしゃい、アスカ。私は軍病院で面倒を見てくれるそうだから心配しないで。」


次の日、迎えの軍公用車にアスカは乗り込んだ。


「ママ。行ってきます。」


古いマンションの17階の部屋を振り返る。幼いころから家族みんなで暮らしていた部屋。思い出の詰まった部屋。まだ、パパが生きていて、空は青く
晴れていたころ。日曜学校で出会ったお気に入りの男の子の話をするたびに、パパは飽きずに聞いてくれた。父親の記憶と一緒に思い出す、あの
男の子。アスカは胸が痛かった。母を置いていく事は2度と会えない事も覚悟して行く事であった。母は絶望的な今の戦況を知らない。あの男の子と
再び軍で巡り合ったとしてもここに戻ってくる事はできないだろう。インセクティバーになるという事の意味も母は知らないはずだ。アスカは辛い思いを
しながら今旅立ちの時を迎えた。そんなアスカが乗り込むのを17階の部屋から見送る母。


「アスカ。いってらっしゃい。必ず、生き延びて頂戴。生き延びるだけでいい。私は地球と一緒になって待っているからね。」


母親は亡くなった夫の写真を取り出した。若い頃の二人が出会った宇宙考古学教室を思い出す。インセクターを発見し発掘したのは他ならぬ自分
だった。その復元と再生の為の実行機関の中心となっていたのが亡き夫であった。アスカには事故で亡くなったとだけ教えていたが、実際には
インセクター発掘中の爆発事故によって彼女の夫は死んだのだ。自分の発見が夫を殺したような気がする。そしてアスカから父親を奪ったのも。
もはや憎しみの対象でしかなかった有機合成バイオインセクターシップに、愛するアスカが数億に一人といわれるほどの最高の適性を認められた
時、奈落の底に落ちていくような気もした。しかし今、この人類最後の時、あの船にアスカを託せることは、運命のようにも思えた。また、亡き夫か
らのメッセージの様にも彼女には思われたのだった。


「この宇宙の何よりも大事な私の娘アスカ。生き延びて、頂戴。」



その日、入隊の手続きを終えたアスカは、アストロノーツの養成訓練コースに所属した。







「ほう、おかあさんにね。」


艦長はにやりと笑った。


「他にどんな理由があるってのよ!!」


真っ赤になったアスカから、すさまじい怒気がほとばしる。それに反応したのか、インセクティバーが低く、うおおおおん・・・と唸るのがかすかに伝わってきた。


「顔が、まっかだぜ。」


思わず頬に手をやる。はっとして引っ込める。


「いい年して何考えてんのよ!いやらしい!」

「いやらしいって事は、やはり男絡みか。」


艦長は煙草を取り出すと、あきれた事に灰を吹き飛ばしながら吸いはじめた。


「あ、あ、あ、あんたなに考えてんのよ!艦内は絶対禁煙でしょう。」

「くだらんルールだな。多分掃除の費用を倹約したい総務課長あたりが考えたんだろうよ。」

「は、はーん、あんたもまじめな顔して、結構な悪だったって口ね。」

「あたりまえだ。お奇麗事だけで航空宇宙軍の士官が20年も勤まるか!まして荒くれ者集団の軍艦隊だぞ!」」

「あはははははは!!」


明るい声でアスカは大笑いした。


「私にも一本くれる?」


「おい、吸えるのか。結構なワルだな。もう地球じゃ御禁制品で手に入らないもんだろ。」

「私が、ママと二人で、どうやって今まで生きてきたと思ってんのよ!淫売以外は何だってやったわよ。」

「ふっ、いいさ。吸うがいい。」

「どうも。」


ふーーーーっ。

白い煙が、人工重力場のウエイブにしたがって、縞模様を描いていく。地球では見られない宇宙での波紋だ。


「わたしさ・・・。」


アスカは最後に何かを言いたい気持ちになっていた。誰にも伝えられなかった想いを・・・。




いきなり激しい振動が襲ってきた。窓があればインセクティバー2からは側方を飛ぶインセクティバー1が攻撃を受けて煌いているのが見えただろう。
二人は床に伏せて振動をしのいだ。


「びーっぴぴぴぴぴぴーっぴぴぴぴぴぴーっ」


特務パイロット呼び出しの緊急コールサインが叫んでいる。


「くそっ、ピケットラインを潜り抜けやがったやつがいるぞ。休みは終わりだ!」

「行きます!」

「アスカ!」


艦長は寂しそうに笑った。


「すまんな。おまえ達に未来をやりたかったのに。おまえの母さんにも約束したのにな。」

「いいのよ。私の願いは少なくともひとつはかなったの。あとは・・・。勇気が出るかどうかよね。」


アスカはにこりと歯を見せて笑うと、融合ルートへのシューターに飛び込んでいった。



シューターの中であっという間に制服は融解され裸体のままゲル状の緑の粘液体に突っ込む。船の全ての情報網がアスカの体に流れ込んでくる。
必死で吐き気と戦いながら、そのゲルをゆっくりと呼吸器の中に吸い込んでいく。圧のかかったゲル自体が身体の全ての空洞に押し入って間隙を
埋めていく。全ての神経系が感覚器が繋がっていく。両手をいっぱいに伸ばしてから腹側につけ、足を伸ばしきる。宇宙空間に、流れを、感じる。
身体の細胞がバラバラに砕かれ分解され再構成され培養されてバイオシップの隅々にまで流れていく。船の甲殻が船体を包むように伸びていく。
腹に抱え込んでいた推進機関からそのエネルギーが後方へ後方へと流れていく。グロテスクだった幼虫状の外観は、真っ赤に輝く甲殻に包まれ、
流線形にやや涙滴が混じった形からまっすぐに美しい肢が伸びている。アスカが目を見開くと同時に宇宙船の外側に真っ青な複眼が開く。全方向
を多層解析できるが、訓練を積んだパイロットでなければその情報をとても維持する事は出来ない。たちまち脳感覚に狂いが生じ使い物になら無く
なってしまう。

そして最後にやってくる、宇宙船の、心とも言うべき物。

どくん!

心臓が跳ね上がる。

どくん!

自分の全てが剥ぎ取られる。全てのヴェール、全ての傷がさらけ出される。

どくん!

常人には耐えられない、悔悟と後悔、希望と絶望、夢と死の深淵のような恐怖が襲いかかってくる。

どくん!どくん!どくん!


あ、あ、あ、ああああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!!!


叫ぶ!叫びにならない声を上げて思いきり叫ぶ!全ての心。全ての人の心を放棄するかのように叫ぶ!!

全ての記憶槽が開放され自分の体験の全てが物凄い勢いで流れすぎる。その後から過去の宇宙船の記憶と記録が押し寄せてくる。予想はされ
ていたがその現実は養成所のすべてのシュミレーションの衝撃を遥かに凌駕し、心が保たれているのが奇跡としか思えないほどであった。船の、
アスカの見たもの全て。深黒の宇宙、笑顔、戦闘、殺戮、歓喜、血、愛、裏切り、肉塊、死に絶えた星、荒寥とした原野、星々の死、そして生命の
再生。



「アスカッ。大丈夫か!!」



耳に飛び込んでくる艦長の声に我に返る。時間にしてわずか1.7秒。


「了解!アスカ、ノーマルポジッション!オールグリーン。オーバー!」


自分の声が体内の全てのポジションに流れ、全ての体液が乗務員に与えられている不思議な感覚。


「進路7896へ!特別攻撃艦隊を援護せよ!」


アスカは大きく左へ身体を曲げた。「あそこ」ね。「あそこ」をいく艦隊を守ればいいのね。数百隻単位の特攻が始まっていた。熱核爆弾が既に
爆発を始めている。あの光の一粒一粒の中で最新鋭艦が持てる力を振り絞り「死ぬため」だけの最後まで戦い続けている。戦いが始まり数時間、
アスカは、その複眼のいくつかに新たな光点を見出した。

敵の後続艦隊であった。その数、およそ50000隻以上。しかもその後に更にアスカの感知器官は十数個の光点を感知していた。その一点一点
が数万隻からなる敵艦隊である事がアスカには察知できた。体当たりを続けている地球艦隊の残存艦はすでに一万隻を切りつつあった。勝敗は
決した。地球人は皆殺しになる。その全ての痕跡をこの太陽系から消されるだろう。


「艦長!もうそちらにも映ってるでしょう?」

「ああ、地球にはもうこれに抗する宇宙艦隊はない・・・。」

「提督は!どうするのよ。」

「我々に与えられた命令は、すべての艦船をもって、地球に向かう敵と戦いこれを阻止せよ、だ。」

「アスカ!命令に変更はない。我々はすべきことを最後までやる。」


艦長の言葉の後、提督が再び口を開いた。


「すでに、数十万人の子供たちと受精卵を載せた宇宙船が密かに銀河中にばらまかれている。」

「なんですって。」

「敵の最終目的が分からない以上何もいえんが、未知の惑星系にたどり着いたものを追ってくるかどうか。」

「かけですな。」

「時間稼ぎのために我々は、全ての地球人は戦う。一光年でも遠くに子供らを逃がせ。例え数秒でもいい。時間を稼ぐのだ。」


うおおおおおおおおおおおおおっ!!!


アスカは吠えた。いつのまにか隣りをを並んで飛ぶインセクティバー1号機も吠えた。ハイパー通信受信。


「アスカ、って言ったね。僕は1号機のシンジ。不足かもしれないけれど君と一緒に最後まで付き合わせてもらうよ。」

「今日は、シンジ。改めて自己紹介させてもらうわ。私はアスカ・ラングレー。あんたとは子供の頃日曜学校で一緒だった。憶えてる?」

「2ヶ月前、士官室で君と会った時に、どこかで会った人だと思ってた。そうだ、日曜学校だったんだ。」

「あの頃私は、パパも元気で、ママも元気で、幸せだった。その後パパが事故死すると、あんたともあえなくなった。」

「そうか、・・・・・・・・おもいだした!真っ赤なリボンをいつもしてた、長い金の巻毛の、一番元気な聖歌隊の女の子だろ!」

「お、おぼえて・・・あんた、わたしのことおぼえててくれたの!」

「うん!良く憶えてるよ。元気な・・・。君は、いつも輝いてた。君の笑い声、歌声、讃美歌の旋律・・・。みんな憶えているよ。」


シンジの声がつまった。彼は、眼前に見えるかのように当時の情景を思い出していた。長い金髪の女の子と野原一杯に駆け回ったイースターの
タマゴ探し。仄かに感じていた温かい感情。アスカは、恥ずかしさをこらえた。いま、今言わなければ彼女の想いは行き場所を失ったまま消えて
しまうから。


「あんたは、あんたは私の初恋だったんだよう! いつも憧れてたボーイソプラノの独唱、まるで天使のようだった!どきどきして聞いてた。」


アスカは一気に叫んだ。とうとう言ってしまった。全身に汗が噴き出たように感じる。そして静かにシンジが答えたのが聞こえた。


「顔を、君の顔、もう一度、見たかったな。すごい美人になってたのに、しっかり見れなかったし、話もできなかったものね。もう一度どんなに美人に
なったか、よく見ておかなかったから夢に出て来そうだ。」

「もっちろんよ!あんたなんか私にじっと見詰められたりしたら、腰ぬかして声も出なくなっちゃうんだから!」


明るい声で二人は冗談を言い合った。もしも、もしも平和な幸せな時間に巡り合えていたなら。こんな会話なんかなんでもないことだったろうに。
そして、この冗談を本当にすることも実際あったのかもしれなかったのに。


「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」



二人は無言のまま、互いの輝く船体を見つめた。
真っ赤な甲殻に青い複眼。
真っ青な甲殻に金の複眼。


「いこう!」

「ええ!」






2隻のインセクターは先行する10000隻の艦隊を守るための楯として、敵の艦隊に向かって突っ込んでいった。






星の彼方に見た夢は「はじまりのはじまり3」終




Jun.21.2000 公開

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