ぼくのわがままな恋人

 

 

<こめどころ>


 

 

 

 

アスカは僕のアパートで暫くお茶を飲んでからホテルに帰ると言いだした。

どうしても泊るといってごねるかと思っていたので、拍子抜けした。

 

「泊っていかないの?」

 

つい僕は聞いてしまった。

アスカは恥ずかしそうに肩をすくめると、もう子供じゃないから、と言った。

こう言われてしまうと僕の方がなんか不満になってしまうから不思議だ。

 

「泊っていけばいいのに。ねえ、アスカ。」

「わがままいわないの。」

 

これじゃまえと逆さまだ。

ちょっと苦笑いをして、タクシーを呼んだ。

 

「明日からアパートを捜すから、付き合ってくれる?」

「もちろん。」

 

にっこり笑ってアスカは帰って行った。

 

 

 

 

次の日は朝からいい天気だった。

日曜日はいつでもこういう天気だといいな。

 

僕は、駅前のヒルトンにアスカを迎えに行った。

フロントで彼女を呼び出すと、黒い野球帽に白いセーター。ベージュの薄い春のハーフコートに

黒のコーデュロのパンツ。赤いバスケットシューズという格好でアスカが出てきた。

 

「随分勇ましい格好だね。」

「今日は強行軍に成るかもしれないでしょ。」

「なんだ、やっと調子が出てきたみたいだね。きのうはなんかすごく大人しかったような気がしたけど。」

「そんなことないわよ。これが普通だけど…。ちょっと不安だったかな。」

「なにが?」

 

アスカはちょっと頬をばら色にすると言った。

 

「だって…男の子になってるんだもの。声なんか変わっちゃって。」

 

そうか。僕は声変わりが遅かったもんな。

 

「大きくなってるし、なんか…、たくましい感じになったし。」

 

一緒にに歩いている速度がどんどん速くなる。

 

「もう、私の事なんか忘れちゃったから返事くれないのかもしれないと思ってたし。」

「そんなこと…!」

「手、つかまれた時、ぜんぜん動けなくて…恐かったし。」

「ご、ごめん。逃がしたくなくて…絶対手放したく無くて…。」

「ううん、怒ってなんかいないの。ただ、すごく男の子なんだなあって思ったら、

少し恐くなっただけ。…うれしくもあったかな。」

 

アスカは急に立ち止まって、ぼくの方を振り向くと、にっこりと笑った。

 

「わたし…つかまっちゃったね!」

「え…?そうかな。そうだね。」

 

僕が捕まえた、アスカ。

ドイツから飛んできた、僕の。

 

「いい事教えてあげる。私の名前はね、ほんとうは、飛ぶ鳥って言う意味なんだって。」

 

僕の心を覗いたようにそんな事を言う。

 

「知ってるよ。奈良や大阪にはそういう名前の地方もあるんだ。」

「へえ!」

「でも、ほんとうは、むかし大陸から日本にやって来たよその国の人たちが、我が故郷という意味で付けたらしいよ。

アスカって。」

「そんな意味もあるんだ…。」

 

僕の、懐かしいアスカ。僕の帰る所…。

 

暫く歩いて、何軒かの不動産屋さんを回った。

この第3新東京市は、急ピッチで政府が再開発を進めている為、民間の上質な住宅供給は豊富だった。

僕が一人用の古めかしいアパートの住んでいるのは、学校に近い事もあったが、ただ生きる気力を

無くしたような生活をしていたからに過ぎなかった。

 

学校にも近く、女の子が独りで暮らせるような、防犯セキュリティーのしっかりした物件は

すぐに見つかった。

 

「ちょっと高いけど、どうせ、夏休みには一旦ドイツに帰って、向こうに残してきたもの、

全部処分してくる積もりだし。」

 

と、アスカは言った。

 

「いいの?もうずっと日本にいるの?」

「あらあ、そういうこと、言うんだ。シンジくん、君は私の事をどう考えているのかな?」

「だ、だれのまねさ?」

「まったく、恥をかかせおって。絶世の美少女が君を慕って世界の裏からやって来ておるというのに。

まだ腰が据わらんのかね。」

「ぁ、副司令か。ご、ごめん。そうだよね。」

「ふふっ。昨日の泊っていかないの?は、なかなかのHITだったのになあ。」

「ごめん。」

「ふふふっ。懐かしいなあ、このシチュエーション。」

 

彼女は屈託なくわらった。僕もつられて笑った。

 

「でも、正直な所、もうドイツにいる何の理由も無いの。どこにいても、私の係累は一人もいないんだもの。

ただのひとりも。日本に今度戻ったら、家を買うつもりよ。それが最後の家族が私に残してくれた愛情なの。

…とうとう、ママもパパも、LCLの海から帰ってこなかったけど…。」

 

「それは…。」

 

といいかけて、まだ僕には関係者がいるものな、と思い出した。担任の先生。クラスメート。

何かと声をかけてくれる保健の先生。時々顔を出してくれる大家のおばあさん。

 

「シンジ。わたし、ちょっと行きたい所があるんだ。いいかな。」

「いいよ。不動産屋さん回りは早く終っちゃったものね。」

「あのね…。わたし、みんなのお墓参りに行きたいの。」

「……。」

 

僕は絶句してしまった。この2年間、僕は皆の事を忘れよう忘れようとしていたから、

墓参りには行っていなかったんだ。

 

僕は正直にその事を話した。

 

「そうなんだ。…シンジもつらかったのね。」

「でも、今日は行けるよ。いや、もしかしたら…ずっと行きたいと思っていたかもしれない。」

「私のわがまま…聞いてくれる?」

「わがままなんかじゃないさ。」

 

僕等は駅に戻ると、タクシーに乗り込んだ。墓地…というか、ネルフ関係者の記念モニュメントは

駅前から海岸丘陵に向かって、タクシーで20分くらいの所にある。

 

 

海の匂いがして、正面に小高い丘が森の木々の間から見えてくる。

墓地が近づいてくる。二人ともずっと黙り込んでいた。

 

 

 

僕は、この間もらった、アスカの手紙の一節を思い出していた。

 

 


 

 

…素直に言うと、離れて暮らしている事がとてつもなく憎いのです。

そこにはあなた一人の時があり、あなた一人の空間があり、そしてあなたも未だ見ない、

素晴らしい人がいるかもしれません。離れて暮らしている事が、あきらめにも似てやり

きれないのです。あなた一人の明日。あなた一人の歌があるのでしょう。

 

その時わたしは。私は?

 

言い足りない。言い足りない事にまた傷つくのは、私が愚かだからでしょうか。

 

何だこんなもの、と蹴飛ばしてみても、やっぱりあなたは私を離さない…のか、

私がしがみついているのか。

シンジくん…と口にしてみると、とても胸の中が温かくなって、身体が火照ってきます。

思い出すあなたの言葉の一つ一つが、こころのなぐさめ。

あなたと同じで、とても気難し屋だけど、だから二人で肩を組んで歩いていたい。

これが私のわがまま。

シンジとふたりで、丘を上って海辺のみんなの眠る所に行きたい。

そして、みんなでおしゃべりがしたい。報告がしたい。

 

そんな事を夢に見ているのです。

 


 

 

「お客さん、着きましたよ。」

 

 

僕等は、車を降りると、丘の階段を上り始めた。

 

広い、純白の大理石の階段。

めったに訪れる人もなく、何かの式典が行われた事も無い。

これが何の為のモニュメントなのかも知る人は殆どいないだろう。

白い大理石で作られた6本の脚に支えられた30m程のそっけない塔。

何の飾りもついていない、存在だけを示している塔。

 

「ここに…ネルフのみんなが眠っているの?」

 

金色の特殊鋼プレートに大勢の名前が刻み込まれている。

僕等は指でその名前をたどった。

 

青葉 シゲル

赤木 リツコ

綾波 レイ

碇 ゲンドウ

碇 ユイ

伊吹 マヤ

加持 リョウジ

葛城 ミサト

渚 カヲル

日向 マコト

冬月 コウゾウ…

 

プレートはその後の評価、懲罰、などとは関わりなく、ネルフに在籍した者全ての中で

戻らなかった全てのメンバーを刻んだものであるらしかった。

真実をある程度知っている僕にとっては、救われたような気持ちになる。

 

モニュメントの周りには桜の樹が植えられ、遠くには青い海が見える。

美しい場所だ。

 

「きれいなところね。こんな処に眠ってるなんて。」

「こんなに桜が咲いているのに、花見をする人もいないんだ。」

 

ネルフの、一人一人の顔を想い浮かべる。

 

「やっと…。帰って来たのね。私。」

 

アスカはモニュメントを見上げ、ぐるりを見回してつぶやいた。

そして、日の当たっているモニュメントの足の一つに、そっと頬を押し当てた。

 

「温かい…。あたたかいよ。ミサト…レイ…リツコ…。シンジも一緒に来たんだよ。」

 

僕は、アスカの後ろに立ってそれを見ていた。

ぐにゃっと、突然視野がぼやけた。

ばらばらっと涙が零れ落ちた。僕は泣いていた。

声は出なかった。でも次から次へと、止めど無く涙が零れ落ち続けた。

まるで2年分の涙が身体から全部あふれ出ようとしているようだった。

 

「シンジ…。」

「ごめんよ…ごめん…みんな。ずっと来なくて。ずっと忘れようとしていて。

とうさん…かあさん…加地さん…。」

 

アスカの唇も震えていた。目のふちが真っ赤だった。

立っていられなくなって、僕は膝をついて両手を突いた。そして、涙が溢れつづけた。

 

風が吹き抜け、その後を花びらの一群が舞い下りて渦を巻いた。

旋風はまるで人が歩くように花びらで柱を形作りながらその広場を横切ると海に向かって

崖の上を飛び越え、散った。

 

 

僕等は、そこに暫くたたずみ、一人一人の事を黙って思い出していた。

 

 

 

「私たち、いっぱいのものを、みんなに貰ったんだわ。」

 

ふと、アスカが顔を上げ、真っ白な雪でできたようなモニュメントに向かって声をかけた。

 

「うん…。」

 

ぼくも、アスカの横に並んで立って、同じように上を見上げた。

 

「みんなの事、忘れない。忘れようとしても忘れられる訳も無かったんだけど。」

 

アスカは、ゆっくりと僕の方を向いた。

しっかりと、僕とアスカは手を繋いだ。そしてもう一つの手も。

お互いを暫く見詰め合った後、そのまま、言葉を繋いだ。

 

「昔の事を思い出すためじゃなくて、みんながここにいた証として、生きていた事を伝える為に。

例え、この私たちが朽ち果てたあとであっても、ここに生きていた証として。」

 

どこまでも透き通った、真っ青な瞳は、ぼくの心を打ち抜いてどこまでも飛んで行くようだった。

アスカの瞳の中に、この青空と張り合うような、神の座のような銀河の逆巻きが見えたような気がした。

僕の心のありさまを無心に射しとおす光。そんなものだったかもしれない。

 

「わたしは、シンジと生きていきます!!」

「ぼくは、アスカと生きていきます!!」

 

僕等の、2年掛かりでやっと出した、答えだった。

 

熱いものが、湧き上がって来て、僕はアスカの方へ一歩進んだ。

アスカも、僕の方へ一歩。

向かい合った両手を繋いだまま、僕とアスカは身体を押し付け合うようにして、

そのまま顔を傾けて、お互いの唇をむさぼるようにキスをした。熱い頬、熱い身体。

一つの誓いだったのかもしれない。

唇を離した後、今度こそ本当に強く抱きしめあった。

そして、純白の記念塔を二人で見上げた。

 

 

「「ありがとう。みんな。」」

 

 

 

 

日が傾き、うっすらと空に夕焼けの色がつき始めた頃、アスカと僕は階段を降りていった。

 

「ねえ、アスカ。」

「なあに?」

「肩、組もうか。」

「え……?」

 

僕は、アスカの小さな細い肩に腕を廻した。アスカの腕は、ぼくの背中に廻すような格好になった。

 

「小さいな、アスカは。」

「あんたばっかり、でっかくなったからよ。いったい何食べてたのよ。」

 

 

僕とアスカは、ぴょんぴょん跳ねながら、大声でどなりあって通りに向かって駆け降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕のわがままな恋人2<終り>


 

この二人がこの先どうなるのか、きっと幸せに暮らしていってくれるだろう、と思っています。

シンジはまた動き出しましたし、アスカはしっかりと大人になろうと思っているのでしょう。

その意味では少しばかり彼女の方が先行しているのでしょうか。

もともとシンジだって聡明な子ですから二人はきっと良いカップルになって将来あったかな

ホームドラマを展開してくれるんじゃないかなんて思っています。

この後の二人のお話は、機会があったら、またお話したいと思います。

<こめどころ>


もきゅうの戯言(笑)

こめどころさん、執筆お疲れ様でした。

 

2年・・・・・・・たったそれだけって思うかも知れない・・・・・

だけど、二人はもっと強烈なインパクトのある時を一緒に暮らしてきた・・・・・

だからこそ、この2年で大きく成長出来たのだろう・・・・

 

そして別れ・・・・・自分たちを縛っていた者達との別れ、それは悲しい事じゃない・・・

二人が大きくなる為の初めの一歩を踏み出せる様に勇気をくれる者・・・・

二人がもっともっと成長して行くのが楽しみです。

 

素晴らしい作品に感謝です。

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この作品は、もきゅうさんのWebサイト、太(いぬ?)に投稿したものを、公開サイトを当サイトに変更したものです。

コメントはもきゅうさんが公開当初につけていただいた物です。

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