ぼくのわがままな恋人

―ドイツにて 中編ー

こめどころ


 

 

 

暫くぶりで、穏やかな朝。風もなく、寒さも少しだけ緩んだ。

その日私はクリーネを訪ねた。

 

 

「また、来てくれたの。」

「随分、顔色よくなったね。春にはいっしょにお散歩に出れるわね。」

「うん、素敵だろうなあ。また外を歩けるようになったら。」

 

 

クリーネの病気は薬を使い始めてからも一進一退を繰り返していた。

多剤耐性の菌で効果が出難いという事。

粟粒結核という事で肺全体に病巣が広がっているという事。

医療技術はサードインパクト以降失われた技術として最もダメージが大きかった。

経験を積んだ医師は、容易に補充が利くものではない。

本を丸暗記して医者になれるものではないから。

 

クリーネのお母さんは私にうつるのではないかと気を揉んでいた。

 

EVAのパイロットとしての健康管理は万全だったし、あらゆるワクチンが投与されている私。

必死で生存を確保した世界で生きてきたクリーネ。

 

(「私はなにも知らなかった。」)

 

そう幾度も思わずにいられなかった。

 

「ねえ。アスカ。」

 

ぼんやりしていた私にクリーネが話し掛けた。

 

「うん?」

「日本て、どんなところだった?」

「日本ねえ。日本人てね、みんな髪の毛が黒くて、目も黒いのよ。みんな同じなの。」

「ふーん。不思議ね。」

「みんな同じに見えるの。でもね、区別がつくようになると、だんだん親しくなれたかな。」

「美しい国だそうね。」

「そうだった、と言った方が良いのかな。セカンドインパクトであちこち沈んだり

焼け野原になったりしてるから。おまけに一年中夏になって暑いし、湿気が高いし、

インドの方がマシかもね。」

「アスカったら。」

 

弱々しく笑うクリーネはまるで童話の中のお姫様のようだ。

 

「あなたの、おじいさんの国なんでしょう?」

「おじいさんだか、おばあさんだか…。まあ、血が流れているのは確かね。

でも、あの国の人は、気弱で、まじめで、決断できなくて、人を傷付ける変わりに自分が

傷つく事を選ぶ、お人好しばっかりの国よ!」

「優しい人たちの国なのね…。アスカが優しいのはその血のせいね。」

 

かっと顔が熱くなるのが分かった。

 

「だ、だれがやさしいって?!冗談じゃないわよ。」 

「優しいわ。こんな病人の所にいつも遊びに来てくれる人なんてアスカくらいよ。

最初のうちはみんな憶えていてくれたけど、今では誰も来てくれないもの。」

「あ、あたりまえじゃない。私はあんたの友達なんだから。あんたがそう言ったのよ。昔。」

 

クリーネが首をかしげる。

 

「ほら、これよ。」

 

私は、シャツのボタンを2つ外し胸元を開いた。

クリーネに貰ったクロスをかけているのを見せた。

 

「あ、…・・。」

 

見る見るうちにクリーネの碧色の瞳から涙が零れる。

 

「ど、どうしたのよっ。どこか苦しいの?」

「ううん?…アスカ。ありがとう。…ありがとう。」

「なあにいってんのよ。」

 

彼女の手が私の手を握る。

照れくさい。

私も握り返す。

 

私が優しいって?

 

 

 

「アスカ、顔色が悪いよ。体調が悪いんじゃない?」

心配顔のシンジ。

「うるさいわねっ。自分の身体の事くらい自分でわかるわよっ。」

割り込んでくるミサト。

「アスカ、本当にちょっとおかしいわね。こっちに来なさい。」

「大丈夫なのに。」

しぶしぶ寄っていくと耳たぶで体温を測られる。38.1℃

「あら、熱があるわよ。早めに寝た方がいいわね。」

「え〜。見たいTVがあるのに。」

夜半に熱が上がってくる。身体を起こすとふらふらするのがわかる。

「なんか、ほんとに熱が上がってきたみたい…。」

部屋に入ってくるミサト。

「薬買ってきたわ〜。飲みなさい。」

「あ…、あの。」

「アスカ、氷枕作ってきたよ。敷いて。」

ひんやりして気持ちがいい。思わず満足のため息をつく。

「ときどきのぞきにくるからねー。」

出ていく二人。

「あ、あの…。」

「なあに、アスカ。」

「ありがと。」

あのとき、やっと言えた言葉。

 

 

 

 

その時、クローネの妹が飛び込んできた。

 

「アスカちゃんっ。お姉ちゃんっ!!たいへんっ。ゲオルグが池に落ちたっ。」

「えっ!!」

「どこにっ。」

 

コートを引っつかみ、部屋を飛び出しながら叫ぶ。

 

「白樺林の向こうの、切り出しのいけっ。」

 

インゲが必死に叫ぶ声を聞きながら階段の踊り場の窓から庭先に飛び降りる。

そのまま柵を越え、道に飛び出し力いっぱい、走る!

 

切り出しの池。

夏に備えて氷を切り出し、氷室に貯える為の池がある。魚がいっぱいいるので、子供たちは

いつも狙っている。だが、水が湧く池なのでなかなか氷は厚くならない。

危険なので切り出しの後数日は立ち入りが禁止されている。

そこに我慢できずに入ったのに違いない。

 

凍り付いた道を必死で走る。池に向かって森に飛び込み斜めに突っ切っていく。

凍み付いた雪の上の方が走りやすい。

くそっ、息が切れる。

なまくらになってるよっ、アスカ!

子供たちが数人、池に向かってわあわあと叫んでいる。

いたっ!

氷の上に黄色いアノラックの腕と手が見えた。

 

「あんたたちっ。大人を呼びに行ったの?ここは私に任せて大人を全員呼びに行きなさいっ!!」

 

泣きながら走り出す子供たち。ゲオルグが落ちているのは、やはり氷を切り出した辺りだった。

池のちょうど中心部である。私は氷の上を駆け寄り近くに行ってから腹ばいになってそろそろと進んだ。

 

「ゲオルグッ、今助けるからねっ。自分で氷の上に上がろうとしないで氷に手をかけて浮かんでいなさいっ!!」

 

聞こえたらしい。ばちゃばちゃとあがっていた水飛沫が静かになった。

コートを脱ぎ、じりじりと進む。

 

「いいっ?今からコートを投げるからね。それにつかまるのよ!!」

コートの袖にマフラーを固く結びつける訓練で習ったもやい結びが役に立つ。

「なにがどこで役に立つかわからないわねっ…と。 」

 

マフラーの端を持ち、コートを水際に投げる。小さな手がぐっと端をつかんだのが見えた。

 

「ひっぱるわよ、力を抜いてね。しっかりコートだけを両手で握ってるのよ!!」

 

そろそろと下がりながらマフラーを手繰り寄せる。頭が見えた。

 

「がんばれっ。ぜったいはなすんじゃないよっ。」

 

また少し下がり、マフラーを引く。上半身が胸の辺りまで氷上に上がってきた。

力を入れると、みしみし、と嫌な音がする。

 

「まずい…結構離れてるのに…この下も結構薄いんだ…。」

 

しかし今、手を緩めると水の中に男の子は沈んでいってしまうだろう。

 

「ゆっくり…、ゆっくり…アスカ…。」

 

と、その瞬間私の身体の前までバキバキと氷が割れた。とっさに水に半身を浸けるように飛び出す。

うまくゲオルグの手をつかむ事が出来た。

 

「しっかりっ、今助けが来るからね。」

「こわいよ…さむいよ…お姉ちゃん。」

「男の子でしょっ!がんばりなさい!」

「もう、だめだよ。」

「簡単にあきらめるんじゃないっ!いい?もうすぐ過ぎ越しの祭でしょ。あんた何が欲しいの?」

「あ、そうだな・・。僕、新しいスケートが欲しいんだ…。もう前のは小さくて。」

「スケート…。いいな、お姉ちゃんスケートやったことないのよ。教えてよ。」

「いいよ…ぼく、この辺の子供の中で一番はやいんだぜ。」

「じゃあ、じゃあ、弟子にしてもらおう。いい?約束よ。あんたは絶対助かって私にスケートを教える。約束しなさいっ。」

「弟子にしてやるよ。僕の…コーチは…ちっと厳しいぜ…。」

 

目をつぶってしまいそうになるゲオルグ。

ああ、神様、神様。今まで信じてなかったけど助けて!この子を助けて!

 

「こらっ、ゲオルグ!!なに居眠りしてるんだっ!!」

 

目を開くゲオルグ。

 

「あ、先生に怒られたかと思った。」

「いつも教室で怒られてんだ。」

「そんなことないよ。インゲが余計な事いわなきゃ。」

「インゲの同級生なんだ。」

「うるさいんだ・・、あいつ。」

 

みしっと音がして、また氷が傾く。思いっきり乗り出し、身体を半分浸けてゲオルグをつかむ。

たちまちセーターの中にお腹の方まで水が沁みて来る。ううっ冷たい。

ゲオルグは水の中にいるかぎりゼロ℃だからまだ持つだろう。私は…氷漬けになるかも。

思い切り脚を広げ、可能な限り単位重量を拡散させる。

その時、私の腰に誰かが手を回して来た。

 

「アスカ、がんばって。」

「クリーネ!!あんた、身体はっ!? 」

 

体をねじってクリーネの顔を見る。

 

「だいじょうぶよ、このくらい。」

 

ニコリと歯を見せて笑うクリーネ。でも、身体が…。クリーネの身体が…。

二人でつながったままゲオルグを支え続ける。もう真っ青になって血の気がない。

手の感覚が段々無くなってくる。氷上を渡ってくる風に吹かれ、急速に体温を奪われる。

冷たいのを通り越して痛さを感じてくる上半身。

ああ、誰か早く来て! 気が遠くなってくる。

 

「アスカッ、気をしっかり持って!!」

 

遠くでクリーネの声が……。

 

「ぎゃあ!!」

 

クリーネが私の腰の辺りに噛み付いたのだ。

慌ててゲオルグをもう一度抱え直す。

その時、人のざわめきが聞こえた。

 

「おーい!だいじょうぶかっ!!」

「お姉ちゃん!アスカちゃーん!!」

「お父さんとインゲが来たわ。ミタマイヤーさんも、後から大勢!」

「もうすぐよ。ゲオルグ良く頑張ったわね。」

 

ゲオルグに話し掛ける。うっすらと笑う少年。

 

4、5人がクリーネに続いて人梯子に繋がる。その後ろからみんなでゆっくりと引っ張る。

ずるずると氷上に引き上げられる私たち。かじかんだ指を一本一本誰かが外してくれる。

私とゲオルグとクリーネは、たちまち毛布に包まれ一番近い家に担ぎ込まれた。

ゲオルグは、身体にスピリッツを吹きかけられ、ごしごしとマッサージをされる。

カンカンに火が焚かれる。ものすごい熱気。

もう大丈夫だ。

いっぺんに気が緩んだ。

なんか、立っていられない感じがする。

ふらりとよろめいて誰かに支えられた。

 

「良くやったな。アスカ。」

 

クリーネのお父さん。にやりと笑った。

私もにやりと笑い返す。

 

「さあ、勇敢な女の子達は、お風呂だ、お風呂だ。」

 

私とクリーネはブランデーのたっぷり入った甘い紅茶を飲まされ、熱いお風呂に浸けられた。

ああ、生き返る。二人で向かい合って手足を伸ばす。湯冷め止めの発泡剤をたっぷり入れ、

カミツレと月桂樹の葉の干した奴がお湯に投げ込まれる。ぷーんと良い香りが私たちを包む。

 

「見て見てここ。クリーネの歯の跡。」

「ごめんね。」

 

お尻の上を見ると、きれいに歯形がついている。俯いてあやまるクリーネ。

 

「いいよいいよ、気になんかしてないから。助かった、あの時は。」

 

クリーネの肩が震えている。

泣いてる?

 

「クリーネ?」

「く、くくくく。あはははは。」

「あーっ、笑ってたのか!こいつ!」

「あははははは!」

「あははははは!」

 

「お姉ちゃん達なに笑ってるの?」

 

インゲが不思議そうな顔をしてタオルを持って入ってきた。

その不思議そうな顔が可愛いといってまた笑う。

涙を流して笑いながら頭までお風呂に浸かる。

ああ、いいきもち…!

 

家から私の部屋着とガウンが持ってこられていた。昔お母さんが買ってくれた私のガウン。

品の良いピンクのガウン。ずっと私を待ちつづけていた、お母さんの心。

初めて袖に手を通した。

柔らかい感触が私を包む。

先に上がっていたクリーネが私の髪にドライヤーをかけてくれる。

お風呂から出て行くと、そこで待っていた人たちが私に笑いかけた。

パチパチパチ…

誰かが拍手。

其れはすぐみんなの拍手に変わった。

 

「ありがとうアスカ。」

「なんて勇敢なお嬢さんでしょう。」

「たいしたもんだ。大人だってあれだけ冷静な判断は出来ない。」

「アスカえらいぞ。」

「よくがんばったな。」

 

みんなが握手を求めてきた。

抱きしめてくれる人たちもいた。

髭が痛かった。おおきな胸で息が吸えなかった。

でもうれしかった。

 

「みんなでアスカを胴上げしよう!」

 

たちまち私は抱え上げられ、どこからか引っ張り出された大判の毛布に載せられた。

みんながその端を持つと、吹き抜けの居間で、私は宙に舞いあがった。

悲鳴を上げる私に構わず、みんなは5回祝声を大声でどなった。

 

「万歳!アスカ!万歳!アスカ!万歳!アスカ!万歳!アスカ!万歳!アスカ!Wooooo !! 」

 

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

宙を舞いながら私は心の中でおもっていた。

 

 

 

お父さん、お母さん…、シンジ…、ミサト…、 私、今日も頑張ったよ。

 

胸に手を当て、そう思った。

 

ありがとう…。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

何回かの雪が降り、とうとう本格的な冬が到来した。居間と寝室に立てこもって

ストーブを出来るだけ節約して焚き、コロコロと着膨れる。セントラルヒーティングが懐かしい。

外部気温は−15℃より緩む事はない。夜は−20℃を越える事もある。

薪は昼のうちに室内に運び込み解かしておかないと火が点かない。

うっかり玄関に出したままにしておいたブーツがかちかちに凍ってしまった。

2重ドア、2重窓の内側でなければ何もかも凍ってしまう。

分厚い毛のコートと耳当て、帽子、裏皮の手袋が手放せない季節。

納屋を台所のドアと一緒にして置いて良かった。

外を通らないでやぎたちの世話が出来るし。

クリーネのお父さんが、お隣までの雪かきをしてくれたので、何とか道路には出られる。

 

とんとん、ノックの音がした。

 

クリーネの妹、インゲが尋ねてきたのだ。

 

「アスカ先生、こんにちは〜。」

 

一緒に数人の子がやってきた。

インパクトの前は町の中心にある小学校までスクールバスが出ていたのだが、

燃料も十分ではなく、学校の先生の補充がつかなくて、冬はお休みになっている。

そこの小学生達が最近勉強をする為にやってくるのだ。

寄宿中学校の受験を希望している高学年の子も午後にやってくる。

いつのまにか、私が大学を出ていることが村中に知られていたためだ。

この村で大学を出ているのは、町長さんと診療所のお医者さんと後2人くらいらしい。

確かに冬となれば私は暇なので子供たちの面倒をみるのは構わないのだけれど。

子供たちは、私のうちに来る時はいろいろお土産を持って来てくれる。はちみつとか、

ライ麦パンとか、ヨーグルトとか、チーズとか…。

どこのうちの人も私が食料に困っているのを知っていて、それで子供の補習にかこつけて

援助してくれてるんじゃないかと思う。

甘い紅茶を飲みながら、一人一人のノートをみて添削を入れていく。

 

「あら、とっても字が上手になったわね。数字は下線の上に並べて描いてあげようね。」

「昆虫と蜘蛛はどこが違うか、比べてみようか。どうして形が違うのかなあ。同じ遺伝子を持っていても、

同じ形にならない場合もあるのよね。」

「クローンの定義って分かるかな。わかる?アポトーシスの事は習った?」

「モーゼルラントのベルンカステルにおける村づくりの特徴は、ワインと古代ローマ帝国の支配下での

伝統的醸造技術が…。」

 

勉強が終ると、みんなと一緒に外に出る。

 

家まで順番に送りがてら散歩をしながらのんびり歩いていく。

最近はやっている歌をいつのまにか口ずさんでいる私。

 

 

 

 

夢のように通り過ぎた季節

今はただあなたの幸せを祈って歩く

大地はるかにしずむ夕日 赤い光 空に舞い踊る私の翼

マーラよ

子供の命の守りの女神よ あなたに貰った命を私は生きる

だけど幸せは 私たちが見出すもの

神の贈り物でなく

昨日には戻れない でも明日はかならずやってくる

この翼の限り 飛び続ける

いつの日にか 定められた胸の中へ

大地はるかにしずむ夕日 赤い光 空に舞い踊る私の翼

 

 

 

「先生の声、きれい。」

「もう一度歌って。ねえねえ。」

 

 

子供たちは元気。大声で一緒に歌って歩く。少なからず恥ずかしい私。

でも、私だってまだ16になったばかりなんだし、十分子供で通るのかな。

マーラとは、この辺の民話に出てくる女神様。

子供に命を与えたけど幸せは約束し忘れたというそそっかしい女神様だ。

でも、それで良かったんじゃないかなと思う。

 

 

 

私の…。

どこにあるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年を越してからずっと吹雪が続いていた。

薪を割らないと残りが心細くなってきた。これが無くなる前に一度晴れて欲しい。

もし晴れなければ明後日にはコークスに手をつけなくてはならない。

食料も、もう残り少ない。地下室のジャガイモと、ネギがわずかばかり。バターが1kg。

あとは、蜂蜜とベーコンがほんの少し冷蔵庫に入っている。

 

どんどんどん!

 

ドアが叩かれた。こんな天気の日に出歩くなんて。

開けると、村長さんと農場長だった。

 

「こんにちは。いったいどうしたの?」

「すまん、大事な用なんだ。」

「ついでだから、配給のジャガイモとパンとベーコンを今搬入させてるからな。」

 

ごそごそと地下室で音がしている。

何もないのが恥ずかしくて、顔が赤くなる。

 

「じゃあ、どうぞ。」

 

無け無しのコークスを思い切り良くストーブに放り込む。

部屋の温度がぐっとあがり、上に置いたやかんがいきなりシューシューいいはじめた。

そのやかんの湯で、はちみつを割って出す。

 

「何とかやっているようだね。君のようなお嬢さんが一人でたいへんだろう。」

「いえ、お隣の方の助けて頂いて…。」

「うん、カプランのとこか。やつもお嬢さんがいたな。病気が大分良くなったと喜んでいたが。」

「そうなんです。随分顔色がよくなって。」

 

不思議な事にあの池の一件から、クリーネはぐんぐん目に見えて良くなっていった。

診療所のお医者さんがびっくりするほどに。

ぐっと蜂蜜割を飲む村長さん達。ブランデー入れてあげれば良かったかな。

 

「実は今日は、君の過去に用があってきた。」

 

いきなり緊張する。身体中の細胞が身構える。

 

「いや、そんなに緊張しないでも、君の軍人としての過去の実績…。これは私たちは、もともと

承知しているんだ。」

「君が転入してきたとたん、私たちの所に軍の憲兵隊から接触があってね。」

「別に悪い事を伝えていったわけではない。国家重要機密案件の対象者だと言っていった。

保護を頼むと。」

 

私の表情は冷たくなっていたかもしれない。

 

「それと…監視ですか。」

「監視といっても、狭い村だからね。君は良く頑張ってくれていたし、何も問題はなかったんだ。」

「実は今日は、その軍人としての経歴に協力を仰ぎたい。」

「どういう事ですか。」

「君も聞いているかも知れんが、このところ各地の食料集積地が襲われている。」

「このところの吹雪と配給遅配の為に、僻地の村落が持ちこたえきれなくなっているらしいのだ。」

「じつは…昨夜、村外れのヨーハンの家の倉庫がやられた。」

「ヨーハンと、近所の3,4人が発砲したら、撃ち返してきた。怪我人が出ている。」

 

共食い…。

 

そんな言葉が頭に浮かんだ。この村にも余裕はない。どこにも協力を断られて、せっぱ詰まった選択で

盗みを行ったのだろう。世の中が正常に動いていさえすれば、まっとうな人生を送った人たちに違いない。

 

「彼らは、武装し10数人のグループらしい。ヨーハンの所だけでは不足だろうから、いままでの例からみて、

農場本部の倉庫をより大規模に襲ってくる可能性が高い。」

「その指揮を執れというのですか。」

「すまん、そういうことだ。ここにはほかに軍の経験者はいない、しかも君はその若さで実戦士官だったという…。

生半可ではない知識や経験を持っている事だろう。それをこの村の為に…。

軍の許可はすでに下りている。」

 

第6方面軍司令官ストラコフ・J・ゲルツェン少将の臨時軍徴用指令書のテレックスコピー。

 

「人を殺すくらいなら、自分が死ぬ方がまし…か。」

 

私は日本語でつぶやいた。

私は、降りかかる火の粉は払わなくちゃ、とか言ったんだっけ。

 

「なんだね。」

「いえ…。わかりました。」

「じゃあ、今から一緒に本部に来てもらえるかな。もう主だった者は集まっているんだ。」

 

奥の部屋に戻り、服を脱ぎ防弾インナーをつける。

軍用拳銃に弾を込め、ホルスターに入れる。

特に携帯を許されていた武器。テロ対策という事で持たされていたのにこんな事で使うなんて。

 

私はなんのために、ここへ…。

 

退役時に渡された階級章と退役証明証。

退役時2階級特進。アスカ・ソウリュウ・ラングレー大尉。

但し特に必要と認められた場合は、本階級においてすみやかに原隊復帰の事…。

 

その襟章を、ミサトが着ていたのと同じ、ネルフの真っ赤な制服ジャケットの階級章マグネットにつける。

制服を着込む。軍用ブーツを履き、腰にホルスターを付ける。

その上から、分厚い士官用コートを羽織る。ネルフのベレー帽をかぶる。

姿見に映る、軍服姿の私。

瞳の色が変わっているのがわかる。

目つきが…違う。

 

 

これは、人を殺せる私。

 

 

部屋から出る。敬礼をする。村長と農場長が頭を下げる。車に向かう。

これは、私じゃない。でも、気分がこんなに高揚しているのは何故。

 

とまどっている、私の中の私。

 

 

 

 

 

その夜、襲ってきた人々は、私の指揮下で戦う村人により、22名の死体を残して撤退した。

皆は、勝利に歓声を上げた。

 

 

 

 

 

人間は、食べていく為に、家族を守る為に、戦う。

それが、サードインパクトの後の、ドイツの冬の現実。

血だまりの中、点々と散らばる死体のなか。

私の、これが勝利。

 

私は村を守った。

私たちは村を守りきった。

 

勝利を祝ってビールで乾杯を繰り返す村人達。

引き止めようとする人々に、疲れたからと言って先に家路をたどる。

 

 

 

 

暗い、私一人だけの家。

 

 

 

 

鍵を空け、中に入る。

冷え切った、部屋。

細い焚き木に火をつけ、ストーブの中に入れる。

その後に更に太い小枝や薪を入れていく。

ぱちぱちと生乾きの薪が音を立て、白い煙が噴き出す。

踊る炎。

 

それをじっと見つめていた。

 

叫び。

斉射を命ずる私。

銃弾の雨の中で踊るように倒れていく人々。

爆発するトラック。

炎上するトラクター。

悲鳴。

罵り声。

拳銃を握り、指示を下す。

影から近寄る敵に向かって引き金を引く。

砕ける額。

不思議そうな顔をしながら倒れていく人たち。

襲ってきた人々は引き上げていく。

追撃を主張する声。

誰彼となく抱き合う私。

歓声。

 

 

腰のホルスターから拳銃を抜き出し、

カートリッジを抜く。

1,2,3…。7発の弾丸が無くなっていた。

ストーブの向こう側の壁に、赤い炎に照らされた私が映っている。

 

初めて、目の前で人を撃った。

何人も。

 

あなた…何故ここにいるの。

何をしてきたの。

 

 

 

 

立ち上がり、暗い部屋の中を見回す。

キッチンの机の上に大きな包みが置いてあった。

 

届けられたベーコンの固まり。

 

 

 

 

その時、突然私の中に目覚めたのは、猛烈な吐き気だった。

 

 

 

 

耐え切れずに、しゃがみこみ、二度、三度、胃の中のものを吐きだす。

深紅のジャケットを、軍服を、床に叩き付けるように脱ぎ捨てる。

 

 

 

 

 

冷たいベッドにそのまま飛び込んで枕に顔をこすり付け、思い切り叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「 いや ――――― っ!! もういや ―――――― っ !!

 

シンジ、シンジ、シンジ ――――― ッ !!

 

私を助けて。私を助けて。私を助けに来てーっ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ直ぐ生きてる

人ならなおさら

生きる事が

辛くなる時もある

 

言葉で癒せる 傷などないけど

元気出して

何度でも伝えたい

 

あなたの愛するもの全てが

あなたをきっと支える

 

ささやかな

明かりだけど

わたしここにいるよ

 

あなたにもらった

勇気がわたしの

胸のなかを

流れてる 見えるでしょう

 

あなたの愛するもの全てが

あなたをきっと支える

 

いまはまだ闇のなかで

凍えているとしても

 

終わらない夜はどこにもない

あなたはきっと負けない

 

信じてる

どんな時も

わたしここにいるよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕のわがままな恋人3―ドイツにて中編―<こめどころ>


後書き:

 

ドイツのアスカ、中編です。

予定より少しずつ伸びて困っています。

もう少しもう少し、書きこみたくなるものなんですね。

 

ドイツでのアスカ。いま、厳しい冬を乗り切る為に大変な所まで来てしまいました。

人間は生きていかなければなりません。その為の戦いもあります。

友を、隣人を、子供達を守る為に、食べる為だけの望まない戦いに身を投じます。

穏やかな日々であれば、よき隣人であったであろう人たちとの戦い。

自らの手を汚してしまったアスカ。

炎の中に血にまみれた自分を見、苦悩し、シンジに助けを求めるアスカ。

 

続きは、また。

 

 

<こめどころ>


詩: 1.オリジナル 2.岩男潤子アルバムより


 

こめどころさん、執筆お疲れさまでした。(^.^)

 

少しずつ溶けて行くアスカの心・・・

それは、子供達であったり、クリーネであったり、町の人達であったり・・・・

暖かな人たちの間で少しずつ心を開き始めた。

だけど、重要な時に浮かんでくるのは辛いことしか無かった日本。

仮の家族とずっと思っていた二人だった。

く〜・・・合間、合間に書かれている日本での出来事がすっごく良いです(^.^)

クリーネの活躍も見れたし(笑)実はクリーネはアスカの努力空しく・・・・・だと思っていました。

だけど、うん。ちゃんと報われるんだ。回復の一途をたどっているのは良かった良かった(^.^)

 

こんな素晴らしい作品を書かれますこめどころさんにどうか皆様、感想を送りましょう!

アスカ様の心の楽しさ、苦悩、成長、そして、周りの事、すべてにおいて巧く書くのは並大抵の事では出来ません。

是非是非、皆様で励ましてこめどころさんに続きをお願いしましょう!!

(だって、このままじゃ余りに辛いもんね。やっぱりラブラブになんないと(^.^))

 

こめどころさんへのメールはこちらか、掲示板にお願いしますね♪

 


この作品は、もきゅうさんのWebサイト、太(いぬ?)に投稿したものを、公開サイトを当サイトに変更したものです。

コメントはもきゅうさんが公開当初につけていただいた物です。

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